『ななつのこ』から30余年ーー〈駒子〉シリーズ最新作『1(ONE)』は思いがけないご褒美のような物語

〈駒子〉シリーズ最新作『1(ONE)』書評

 生きていると、思いがけないご褒美のような物語が降ってくることがある。加納朋子の〈駒子〉シリーズ第4作『1(ONE)』(東京創元社/メイン画像)がそれだ。

 デビュー作でもあるシリーズ第1作『ななつのこ』が刊行されたのは1992年。短大生の入江駒子が体験した日常の謎を、「ななつのこ」という童話の作者へのファンレターに書き綴る。書簡を通して謎が解かれる連作で、「ななつのこ」の物語が作中作として紹介されるという凝ったつくりのミステリだった。

『ななつのこ』(創元推理文庫)

 その翌年、1993年に出た『魔法飛行』でも、駒子と作家の交流は続く。作家の正体が前作の終盤で明らかになっており、ふたりの距離がぐっと縮まるのも読みどころ。続く第3作『スペース』が出たのは少し間が空いて2004年。これは変化球なので詳しくは語らないでおく。駒子の短大時代の話である、とだけ言っておこう。

『魔法飛行』(創元推理文庫)

 『スペース』の文庫解説で、光原百合さんがこんなことを書いている。「あくまで予定ということですが、もう一作、シリーズ完結編が長編として構想されているそうです。ここまでの作品をお読みになっている方には、着地点だけはある程度予測がつくと思いますが、着地までにとびきり素敵な「魔法飛行」(宇宙旅行かもしれませんね)を見せてもらえるのが楽しみではありませんか。(中略)わくわくしながらお待ちしていますよ!」

『スペース』(創元推理文庫)

 このくだりを読んだ時、もう1作駒子に会えるんだと喜んだ。しかしまさか20年後だとは! 『ななつのこ』から数えたら30年以上である。30年待って出会えたシリーズ完結編。ご褒美というのもわかっていただけるだろう。

 なんせ最初は30年以上前なので、今読むとすでに時代小説の趣がある。ネットも携帯電話も普及しておらず、駒子が作家に送るのは便箋に手書きした手紙。電話は家電にかけて呼び出してもらうし、駒子が短大で所属しているのは英文タイプ部である。その時代を知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮に感じられるのではないだろうか。

 となると『1(ONE)』で気になるのは、いったい何歳の駒子が登場するのだろう、ということだ。ネットもスマホもない短大時代のまま? いやいや、そんなわけはない。本書の舞台はちゃんと現代である。だがプロローグと第一話「ゼロ」に登場するのは駒子ではない。大学生の玲奈だ。

 玲奈はゼロという犬を飼っている。あまりの可愛らしさにゼロを主人公にした短編小説を小説投稿サイトにアップし、コメントをくれた読者とDMでやりとりするようになった。しかし同じ時期、玲奈は不審な人物につきまとわれるようになりーー。短大生の駒子が作家にファンレターを出したことで始まったシリーズは時を経て、小説投稿サイトとネット上のやりとりに姿を変えた。なるほど、こう来たか。

 以降、三部構成の「1(ONE)」は玲奈の兄を中心に、一家がゼロより前に飼っていたワンという犬にまつわる物語が描かれる。「ゼロ」と「1(ONE)」を通して浮かび上がるのは、家族(もちろん犬も含む)の物語だ。愛おしく思うこと。守りたいと思うこと。そんなプリミティブな、けれど最も大切な思いを加納朋子は優しく描き出す。そしてその根っこには、かつて短大生だった駒子がいる。

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