立花もも 新刊レビュー 生と死、マルチ、単調な日常……社会的問題について考えさせられる4作品

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)

長嶋有『トゥデイズ』講談社

  先日、新宿駅で衆人環視のなか「肋骨が折れる~!」「折れた折れた折れた!!」と叫びながら取り押さえられているスーツ姿の男性がいた。何事かと思ったが、みな無言で見つめるばかり。SNSで検索しても誰ひとり話題にしておらず、何もわからないまま。物騒な世の中なので多少の恐怖は感じたものの、何事もなかったかのように今も頻繁にその道を通っている。そんなことを、本作を読んでいて思い出した。

 『トゥデイズ』の主人公は、子育てのため築50年のマンションを購入し、越してきた夫婦である。ある日、マンション内で住人の誰かがみずから飛び降り、亡くなるという事件が起きる。だけど、住人のほとんどが詳細を把握しないまま、日々はゆきすぎていく。親切に概要を教えてくれる刑事や噂好きのおばさんといった、ドラマや小説には必ず登場する野次馬好きで口の軽い脇役は、現実には存在しない。その町には、実は世間をにぎわせた猟奇的な殺人犯が住んでいたこともあるのだけれど、その事件が夫婦に直接関係することもなければ、恐怖のあまり外に出られるなんてこともない。うっすら気にしつつ、日々の雑事のほうが優先されて、かき消されていく。

  非日常の衝撃は日常を圧倒する、と思いがちだけど、意外と逆なんじゃないかと思う。淡々と積み重ねられる日常の単調さには、非日常をいつのまにかかき消してしまう強度があり、派手さはなくても十分ドラマティックなんじゃないか。息子を育てるという使命のもと、否応なしにルーティン化していく毎日のなかで、ふとした瞬間に気づかされる変化や些細な気づきが、いったいどれほど愛おしいものか。本作を読んで、思い知る。

津原泰水『夢分けの船』河出書房新社

  映画音楽を学ぶため、22歳で四国から上京し、専門学校に通う修文が借りたのは、ピアノつき・防音の部屋。格安の理由は、幽霊が出るという噂があるからだった。かつて音楽の道を志し、みずから命を絶った花音という女性。見た、という人には何人も出会うのに、修文は気配すら感じない。ただ、彼女が生きていた痕跡だけが、修文のまわりにうっすらまとわりついていく。

  不思議な小説だった。修文には確かに夢があって、誘われるがままにバンド活動にもいそしむのだけど、彼の青春はそういうわかりやすい事象からは感じられない。同じマンションで客をとる風俗嬢や、同じ専門学校に通うやたらと親切で世話焼きの男、階下で修文をモデルに作品を描いているらしいマンガ家、バイト先の雇い主である花音の姉。そうした人たちと言葉をかわすことで感情が揺らぎ、人生の景色が少しずつ色づいていくことにこそ意味があるのだと、切々と浮かび上がってくる。青春小説といえば、汗と涙を流しながら苦難を乗り越え、友情を深めながら何かを成し遂げたり挫折したりするもの、などではなく、うまく言葉にできない未分類の感情を内側に抱いている、ただそれだけで成立するものなんじゃないかと、今作を読んで思った。

  現代の小説を(夏目)漱石の文体で、という著者の試みも大きく作用しているのだろう。2022年の10月に急逝した著者にとって、最後の長編となった本作。花音の死にまつわる謎を解いていくミステリーのような読み心地もあり、一度読んだだけでは味わいつくせない。何度も繰り返し読んで、著者を悼みたい。

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