ミステリファンに話題の探偵小説復刊企画 甲賀三郎、夢野久作、小栗虫太郎ーー千街晶之が読む注目作
■春陽文庫からの復刊で注目される3作品
入手困難な作品群を令和の世に蘇らせる、春陽文庫の探偵小説復刊企画がミステリファンのあいだで大きな話題を呼んでいる。カヴァーの表記によると「春陽文庫 探偵小説篇」というのが企画名であるらしい。その第1回配本のうち、横溝正史『死仮面〔オリジナル版〕』については既に「リアルサウンド ブック」の書評で紹介したので、今回は第1回配本のもう1冊である甲賀三郎『盲目の目撃者』と、第2回配本である夢野久作『暗黒公使(ダーク・ミニスター)』および小栗虫太郎『女人果』の計3冊を紹介したい。
甲賀三郎は1923年に「真珠塔の秘密」でデビュー(江戸川乱歩が「二銭銅貨」でデビューした4カ月後である)、戦前の探偵作家としてはトップクラスの多作ぶりで存在感を示した。謎解き重視の「本格探偵小説」の理論的支柱であり、怪奇幻想色の濃い「変格探偵小説」に厳しい態度を示したことでも知られる。1945年2月に病死した。
今回復刊された『盲目の目撃者』には、表題作のほか「山荘の殺人事件」「隠れた手」と、合計3つの中篇が収録されている。実はこの3篇には共通点があって、いずれも主人公が事件に巻き込まれる点である。甲賀といえば本格探偵小説というイメージが強いけれども、ある程度の分量がある長篇・中篇ではサスペンス小説の要素を前面に出すことが多かったのだ。
まず表題作は、沈没した船の唯一の生存者である船医の井田が、謎の青年紳士から伯父の診察を依頼され、ホテルの一室を訪れると、そこにいた老人は井田の顔を見るなりいきなり死んでしまい、青年は姿を消していた……という出来事から始まる。更に、井田の他にもう1人の生存者がいたことが判明するが、その女性は何故か別人の名前を名乗っている。そして、井田の行く先々で殺人事件が起こる……という物語だ。
次の「山荘の殺人事件」は語り手の「私」は女性で、夫とともに富士見高原にある夫の友人の別荘を訪れるが、そこで殺人事件に遭遇してしまう。「隠れた手」の主人公は上京したばかりの貧しい青年で、帝都第一のホテルといわれている東洋ホテルで雇ってもらうため訪れたところ、ホテル内で迷ってしまい、ある客室で父と娘が言い争っているのを立ち聞きすることになる。地方の政治家である父が強いる政略結婚に娘が抗議しているらしい。やがて娘が立ち去ったあと、主人公は父の死体を発見するが、疑われるのを恐れてその場から逃走してしまう……という話である。
3篇のうち特に表題作と「隠れた手」がそうだが、何がなんだかわからないうちに事件に巻き込まれた主人公の周囲で事態が目まぐるしく二転三転し、これでもかとばかりに窮地が襲いかかってくる。表題作など、あまりに立て続けにいろいろな出来事が起こるので、最初にホテルの一室で死んだ老人のことなど主人公にも読者にも忘れ去られている感すらあるが、もちろんそれにも意味があることが後に判明する(敵か味方かわからない謎の青年が主人公をさんざん振り回す点も表題作と「隠れた手」に共通する)。先が読めない展開に翻弄されるうちに、読者も主人公とともに五里霧中の不安を味わうことになるのだ。一方で「山荘の殺人事件」は謎解き色が強めで、語り手の心理描写などは女性誌の読者が対象ということを意識している。サスペンス小説の手練としての甲賀の側面を、この3作で存分に堪能することができるだろう。
次に紹介するのは、かの『ドグラ・マグラ』の著者である夢野久作の『暗黒公使(ダーク・ミニスター)』。1932年から33年にかけて刊行された新潮社の「新作探偵小説全集」(日本初の書き下ろし長篇ミステリの叢書である)のうちの1冊だ(なお、上巻・中巻・下巻の三部構成になっているが、3冊に分けて刊行されたわけではない)。かつて、ちくま文庫の「夢野久作全集」から出たことがあり、今回が二度目の文庫化となる。私見だが、今回紹介する3冊の中では本作が最も面白い。圧倒的な面白さ、と言ってもいい。
主人公の狭山九郎太は、かつては警視庁で鬼課長と呼ばれた敏腕捜査官だったが、ある事件で警視総監と対立して辞職、今は孤独な隠遁の日々を送っている。大正9年(1920年)、そんな彼のもとを16、7くらいの少年が訪れた。貴族的な洋服を隙なく着こなした驚くほどの美少年だが、長らく警察官だった狭山の眼力をもってしてもどういう素性なのか見当もつかない。少年は呉井嬢次と名乗り、来日中のバード・ストーン曲馬団に属していたと自己紹介する。バード・ストーン曲馬団こそは、狭山が警察を去る原因となったある事件と関係していた因縁の相手だった。そして、少年は両親の敵討ちのため、狭山の助手にしてほしいと懇願する。
ここからは狭山の回想によって2年前に遡り、東京駅のステーション・ホテルで起きた怪事件を彼がいかに捜査したかが、かなりの分量を費やして語られることになる。事件の背後ではアメリカの秘密組織が暗躍していることが語られ、本格ミステリ+国際謀略小説の枠内で物語は進行してゆく。
ところが、その回想が終わった後半から、物語は意外な展開を見せる——いや、夢野久作を『ドグラ・マグラ』の作家として認識している読者にとっては、この後半こそが夢野らしいと感じるかも知れない。前半で堅実な実務家タイプであるように描かれてきた狭山が、後半はいきなり第六感をやたら重視する神秘的な人物へと変貌し、予知夢のようなものまで見るようになるのだ。帝国ホテルの屋上に陣取った全裸の美女軍団と上空のアメリカの飛行船とが戦う血みどろの夢の描写などはシュールの極みである。
また本作では、序盤から登場する呉井嬢次のほかにも、バード・ストーン曲馬団の美少女カルロ・ナインなど、美形の男女が幾人も登場する。主人公の狭山が「とにかく今日は妙な日だ。よく美しい女だの少年だのに会う日だ」と述懐するほどだ。呉井嬢次の名前に「嬢」の字が入っていたり、美少女がカルロという男名前だったり、彼らはどこか両性具有的でもある。著者の作品には美少年・美少女がしばしば登場するけれども、話が進むにつれてさまざまな側面を見せる呉井嬢次は、特に印象的・魅力的なキャラクターと言える。
語り手の狭山は、1930年代初頭から1920年の出来事を振り返っている。彼は当時と比較して、現在(つまり1930年代初頭)の日本の、欧米列強と肩を並べた強国ぶりを冒頭に記している。だが、「自国の陸軍を常勝軍と誇称し、主力艦隊に無敵の名を冠せ、世界中の憎まれっ児を以て自認しつつ平気でいる」といった記述からは、狭山に仮託した著者の冷ややかな眼差しも感じられる。夢野は大日本帝国の命運を見届けることなく、間もなく1936年にこの世を去ることになるのだが。