青崎有吾『地雷グリコ』9冠達成の大人気小説は何が凄いのか? ミステリ評論家・千街晶之が分析
■2024年に最も話題を集めた小説『地雷グリコ』
『地雷グリコ』。「なんだそのタイトルは」と多くの人の興味を惹きつけたその時点で、この小説の勝利は約束されていたのかも知れない。
2023年11月にKADOKAWAから刊行されたこの小説は、翌24年5月、第24回本格ミステリ大賞(小説部門)、第77回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、第37回山本周五郎賞を一週間ほどのあいだにトリプル受賞して世間をあっと言わせた(受賞は逸したものの第171回直木賞にもノミネートされた)。のみならず、2024年度の4つの年末ランキング企画——「ミステリマガジン」掲載の「ミステリが読みたい!」、「週刊文春」掲載の「週刊文春ミステリーベスト10」、『このミステリーがすごい!2025年版』、『2025本格ミステリ・ベスト10』のすべてで国内部門1位に選出された。
ここまでで既に7冠だが、それらに先駆けて、歴史あるミステリ・ファンダム「SRの会」の会員が選ぶ2023年国内部門でも1位を獲得しており、更に、書店員が選ぶ第7回飯田賞を受賞していることも加えるならば、2024年12月現在、合わせて9冠——しかも、インパクトの強いタイトルのおかげか、受賞などで話題になるたびに、X(旧・Twitter)のトレンドに「地雷グリコ」というワードが上がってくるという現象まで見られたのだ。
この覇権アニメならぬ覇権ミステリを書いた作家の名は、青崎有吾。1991年生まれの彼は、明治大学在学中の2012年、『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞してデビューした。同賞では初の平成生まれの受賞者であり、「平成のエラリー・クイーン」という版元がつけたキャッチコピーもそのあたりを意識したものだろう。『体育館の殺人』は、オタクな男子生徒・裏染天馬が探偵役を務める本格ミステリであり、ロジカルな推理の面白さで読ませる作風はエラリー・クイーンを彷彿させるものがあった。裏染天馬が登場する作品はその後もシリーズとして書き継がれており(現時点で長篇3冊、短篇集1冊)、そのうち第2長篇『水族館の殺人』は第14回本格ミステリ大賞(小説部門)候補となっている。
青崎が生み出した名探偵としては、現時点で2冊刊行されている「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズ(2016年〜)の御殿場倒理と片無氷雨のコンビもいる。通常、本格ミステリに登場する二人組主人公というと、名探偵とその相棒(所謂「ワトソン役」)という組み合わせが多いが、このシリーズの場合、御殿場倒理は「不可能」専門、片無氷雨は「不可解」専門……と得意領域が分かれており、事件の性質によってどちらが謎を解くかが異なるのが特色だ。