矢樹純はミステリーだけじゃない! 新刊『血腐れ』『撮ってはいけない家』で示した、ホラー作家としての力量

矢樹純、ホラー作家としての力量

 漫画原作者から出発し、後に小説家としてもデビューした矢樹純が、大きく注目されたのは、2019年に出版したドメスティックミステリー短篇集『夫の骨』によってであった。どれも粒ぞろいの作品であったが、特に表題作が素晴らしく、2020年に日本推理作家協会賞短編部門を受賞。その後、『妻は忘れない』『マザー・マーダー』『残星を抱く』『不知火判事の比類なき被告人質問』『幸せの国殺人事件』と、堅実なペースでミステリーを発表している。そんな作者が、『血腐れ』『撮ってはいけない家』と、立て続けにホラーを刊行した。漫画原作者時代にホラーを手掛けており、2015年には電子出版でホラー短篇集『或る集落の』も出していることは、熱心なファンならご存じのはず。だが、ミステリー作家・矢樹純しか知らない読者は、この二冊でホラー作家としての力量の高さに、大いに驚くことになるだろう。

 まず短篇集の『血腐れ』から紹介したい。収録されているのは六作。冒頭の「魂疫」は、大腸がんで亡くなった夫の一周忌で妻の芳枝が、義妹の勝子から、「実はね、兄さんの霊が、私のとこに出てくるのよ」といわれる。オカルト話を好む勝子のいうことだけに、信じることができない芳枝。病院に勝子を連れていったところ、軽度認知障害と診断された。その後、ひとり暮らしをしている勝子の面倒を、なにかと見る芳枝だったが……。

 読んでいると芳枝が、がんに効くと謳った食事療法や民間療法に片っ端から手を出し、夫とふたりで過ごすことの出来た大切な日々をだいなしにしたという悔いを抱いていることが分かってくる。これが伏線になり、意外な事実が判明。さらにそれを踏まえて、物語が一挙に、恐るべきホラーへとなっていくのである。トップを飾るに相応しい秀作だ。

 続く「血腐れ」は、弟の家族キャンプの手伝いに行った幸菜が主人公。弟の妻は参加せず、そのことについて連絡もよこさない。さらに弟の態度もおかしい。しだいに幸菜は、ある疑惑を深めていくが、これまた意外な事実が判明。ほっとしたのも束の間、その意外な事実に絡んだ、別の恐怖が浮かび上がってくるのだった。

 本作も、ミステリーのサプライズが、ホラーへと繋がっていく。合間に挟まれる幸菜の思い出も効果的に使われている。その他の収録作もそうだが、ドメスティックミステリーにホラーを融合させ、独自の恐怖空間を創り上げた、作者の手腕に感服した。

 次に長篇の『撮ってはいけない家』だ。小さな映像制作会社で働くディレクターの杉田佑季は、アシスタントの阿南幹人と共に、山梨県北杜市北部にある白土家に向かった。白土家は、佑季たちの先輩社員である小隈好生の婚約者・紘乃の実家だった。ちなみに小隈は初婚ではなく、七年前に妻と死別。小学校六年生で不可解な夢を見る昴太という息子がいる。

 佑季たちの目的は、ホラーモキュメンタリードラマ『赤夜家の凶夢』のためのロケハンである。主な撮影場所が白土家の予定なのだ。しかし白土家で、次々、奇妙な謎と遭遇。さらにドラマと白土家の事実が似通っていた。どういうことか疑問は深まる。それでも後日、ドラマの撮影が強硬されるが、奇怪なことが起こる。そしてやってきた昴太が、行方不明になるのだった。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる