金原ひとみ × 尾崎世界観『ナチュラルボーンチキン』対談 「自分を自分たらしめる核みたいなものを譲ってはいけない」
金原ひとみ自身が「この物語は、中年版『君たちはどう生きるか』です。」と説明する本作を、金原の友人にしてミュージシャン/作家の尾崎世界観はどのように読んだのか。金原ひとみ×尾崎世界観の特別対談をお届けする。
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こんなまんじゅう食べたことないぞ、という気持ちになった
――『ナチュラルボーンチキン』を読んで、いかがでしたか。
尾崎世界観(以下、尾崎):これまでとはタイプが違うと最初は思いました。主人公の浜野さんが親しくなる相手にバンドのボーカルが出てくるし、自分でも、ちょうどミュージシャンを主人公に『転の声』という小説を書いたので、近しいものも感じて。でも、とくに終盤は想像していたのとまったく違う読み心地を突きつけられて、ものすごくおいしそうな毒まんじゅうを食わされたような感覚でした。
金原ひとみ(以下、金原):毒まんじゅう(笑)。
尾崎:ルーティンから逸脱することのない主人公が、破天荒な同僚やバンドマンと出会って少しずつ日常を変えていく描写は、読んでいて楽しかったんです。金原さんのこれまでの小説にはない軽さや爽やかさがあって。だからこそ、主人公が結婚していた時代、不妊治療に心乱された過去が明かされるにつれて、描かれている感情の渦に圧倒されたというか、なんだこれは、こんなまんじゅう食べたことないぞ、という気持ちになったんです。でも、それが不思議と心地いいというか、自分のなかにない価値観も感情も、自然と物語を通じて深くまで入ってくるんですよ。それまでの物語を通じて、こちらは「わかる」ための訓練をさせられていたんだな、と思いました。「私がこれから話すことを、あなたはまだ理解しきれないと思うから、まずはトレーニングしてくださいね」というのが前半部分だったんだって。優しそうな顔をして「お前はこういうことも知らなかったよな?」と突きつけられ、罵倒されるようでもありました。
金原:私も、尾崎さんと同じで罵倒高校出身なので(笑)。
尾崎:どうしたら伝わるかということと、金原さんは作品ごとに、真摯に向き合っていますよね。金原さんの小説を読むたび、常に新しい感覚や思考をインストールしようとしているのを感じるんです。読者が金原さんに求めているものを、時代の流れとともに受け止めながら、作品も金原さんの存在そのものもどんどん大きくなっていっている。かといって、ただ求められているものを返すのではなく、書かれている思考も思想もすべていったん、金原さんのなかを通過して、金原さんだけの言葉として表出されている。
金原:基本的には、読者のことはあまり意識しないようにしているんですよ。純粋に、自分が書きたいもの書いていきたいと。でもやっぱり、社会とともに私が書くものも変化していくし、ある程度の流動性は備えていたほうがいいのかなとは思っています。今作はとくに、Amazon Audibleのために書き下ろしたものなので、ふだん私の小説を読まない、というか存在自体を知らない人にも届くのかもしれないという気持ちがあって、いつもより間口を広げてみたかった。私にとっては、初めてのサブスクでもありますし。
尾崎:なるほど。音楽をやる人間にとっては、もうなじみ深いものだけれど、作家にとっての「読み放題」はまだまだ定着していないんですね。でも、そのことがまた新たな視点を付与したのだとしたら、実は作家のほうがサブスクとの相性がいいのかもしれませんね。ただ、誰もが気軽にアクセスできるライトさと、この小説が突きつけてくるものは真逆だと思います。小説を読むということはこんなにも覚悟のいることで、だからこそおもしろいのだと改めて思い知らされました。そしてその「読む」という行為があってはじめて、作品は完成するんだなというのも。
小説を書くときはいつも、重さと明るさを行ったり来たりしてしまう
――『ナチュラルボーンチキン』はそもそもどんなふうに生まれたんですか。
金原:ある編集者から、毎日焼き肉のたれで野菜をいためたものをひとりで食べる、その生活で十分満たされているという話を聞いたとき、単純にびっくりしてしまったんですよね。私はどちらかというとルーティン恐怖症なところがあるから、そういう人たちの感じる心地よさってどんなものなのだろう、そもそも生活ってどういうことなんだろうと、書いてみたくなりました。それで主人公の浜野さんという45歳の女性を設定したとき、10年以上前に友達から「いつか書いて」と言われた不妊治療の話が頭をよぎったんです。
尾崎:小説の種になる断片が、常に金原さんのなかに蓄積されているんですね。
金原:そうですね。なんとなくずっと残り続けている誰かの話とか、いつか書いてみたいなと思うけれど、どのタイミングでとりだせるかはわからない、というストックが、思いもよらぬかたちで自然と結びつくんです。
尾崎:それを、あたかも自分が経験したかのような強度で書けるのがプロのかっこよさですよね。
金原:尾崎さんは、ライブシーンなど実体験と重なる描写も多いですけど、そこに自分の実感はどの程度重なるんですか?
尾崎:自分の体験をなぞるというより「あのときMCでこういう話をしたけれど、別の選択肢もあったよな」ということを想像する感覚に近いですね。今、こうして話していることも含めて、すべては選択の結果じゃないですか。ほんの些細な、たとえば休憩時間に何を飲むかといった、ほとんど考えることなく選んでしまっていることでさえ「今」に繋がっている。もう一度分岐点に戻っても、きっと同じ選択を重ねるだろう。でも、別の道もあり得たんだよなというようなことを、反芻しながら書いています。
金原:考えますよね、それは。あのとき、あの選択肢をしていたら、どんな未来があったのだろうと。それは後悔や未練の類とは全然違うんだけど。話をしてくれた編集者の生活は、私の見知っているものとはかけ離れているし、そのよさも最初は想像しにくかったんですよ。ただ、愛しさは芽生えた。ルーティンでかためられた生活をすることのできる人たちって、盤石なんですよね。ちょっとやそっとのことではブレない強さがある。浜野さんは、不妊治療で心乱された過去を、そういうルーティンの積み重ねで乗り越えてきた人で、徹底して浮き沈みを排除することで自分を守り続けてきた彼女の魅力は、ちゃんと書きたいなと思いました。
尾崎:そう、ただ淡々としているわけではない、そのアスリートのような彼女の強さと重さがどこから来ていたのかが終盤で明かされる過程がよかった。でも、さっき毒まんじゅうとは言いましたが、最後まで読み心地はとてもポップです。それもまた、浜野さんが自ら浮き沈みを排除した結果なのかもしれませんね。
金原:『YABUNONAKA』というかなり重たいテーマの作品を連載している最中に、この作品の〆切があったというのも大きいです。私自身、小説を書くときはいつも、重さと明るさを行ったり来たりしてしまうんですよ。バランスをとろうとしてしまうというか。
わからないことを許せない人が増えている
尾崎:今作は、これまで以上に言葉のリズムも印象的でした。作中に出てくる『予感YOKAN薬缶』という曲のタイトルも大好きです。こういうふざけた語呂合わせをしているときがいちばん楽しいんだよな、と一人でニヤニヤしていました。
金原:それもやっぱりAudibleで音になることが前提だったからですね。ふだんは、リズム感というか、誰にでも伝わるわかりやすさは意識しつつ、言葉遊びみたいなことはあまりしないのですが。
尾崎:ただ一つ言っておきたいのは、浜野さんが出会うまさかさんみたいな、性格のいいバンドマンは存在しないということです。
金原:言われると思いました(笑)。
尾崎:あれはフィクションだと断言できます。もちろん、全員がとは言わないし、自分がまさかさんのような人に出会えないのは、自分自身の性格の問題かもしれない(笑)。
金原:まさかさんのように、心がまっすぐであり続けることって、経験を積めば積むほど難しくなるということはありますよね。私自身、新人から中堅へと自分の立ち位置が変わっていくなかで、何かが失われたのは感じているし、何一つ変わらないままでいるなんて不可能だってわかっている。だからこそ、絶対に捨ててしまってはいけないものを見極める目をもたなければいけないなと思います。頑なになりすぎるのもよくないし、常に殻は打ち破っていかなきゃいけないんだけれど、自分を自分たらしめる核みたいなものを譲ってはいけないな、と。それを手放してしまったとき、何かを勘違いして偉そうにふるまうようになるんじゃないかという危機感は常に抱いています。
尾崎:そんな金原さんが書く小説だから、『ナチュラルボーンチキン』の主人公のことも好きになれたんだと思います。
金原:わからなさを楽しむって、大事ですよね。映画『ナミビアの砂漠』の監督である山中瑶子さんと対談したとき、わからないことを許せない人が増えているよねという話になったんですよ。彼女の映画が、あんなにもストレートに描かれているにもかかわらず、考察作品だととらえられてしまうのも、言語化できない感覚や描写をそのまま受け取ることが難しくなっていて、わかりやすい意味づけをしたがるから。でも、「なんだかよくわからなかった」と思いながら、ぐるぐると渦巻き続けるものがある状態を受容してしまった方が、見える景色もあるんじゃないか。それこそが作品と向き合うということになんじゃないかと思うんです。
尾崎:ちゃんと伝えなきゃ、と思いすぎなくなってからのほうが、自分の歌詞が聴く人に届いているとより実感できるようになりました。それと同じように、わからないを受けいれたほうがわかる、ということもありますよね。
金原:そうですよね。そういうわからなさとともに生きていくことこそが人生だとも思うから、浜野さんとまさかさんのように、名前のつかない関係だったり、明確に言葉にはできないけれど確かにあるもの、を書いていけたらなと思っています。
尾崎:その点、バンドマンは恵まれていますよね。ライブに来てくれる人たちはみんな、何でも受けいれようという姿勢でいてくれるので。少し前に、とある大学の講義に参加させてもらったんですが、あんなにも生徒が集まって教授の話に耳を傾けているのに、「何か質問ある?」と聞かれても誰も手をあげないし、答えない。
金原:ライブは、何をしても歓声があがりますからね(笑)。
尾崎:その異常さをもっと自覚しなくてはいけないなと思います。すごくありがたくて幸せなことだけれど、そのことに対する違和感がどうしてもぬぐえない。これは『転の声』でも書きましたが、伝わりすぎてしまうということとどう向き合っていくかが、今後の課題なのかもしれません。そして、そういう場所から離れて、伝わらないことが前提のなかで、何ができるのかを模索したいから小説を書いているのかもしれない。
金原:おもしろいですね。歌詞は、使える言葉の数が限られているのに、音の相乗効果もあって伝わりすぎてしまう。小説は、際限なく自分が書きたいように書けてしまうことで、むしろ届かない可能性が生まれる。尾崎さんがこの先、何を表現するのか、歌詞も小説も楽しみですし、私も自分なりの最適解を探して、物語を書き続けていきたいです。
■書籍情報
『ナチュラルボーンチキン』
著者:金原ひとみ
価格:1,760円
発売日:2024年10月3日
出版社:河出書房新社
■尾崎世界観/衣装クレジット
ビンテージのシャツ(Pigsty原宿店/03-6438-9919)
WANDER ROOMのパーカー(WANDER ROOM / https://www.instagram.com/wonderroom_official/)
HOLLYWOOD RANCH MARKETのデニム(HOLLYWOOD RANCH MARKET / 03-3463-5668)
RANGLのソックス(HEMT PR / 03-6721-0882)
CONVERSEのスニーカー(CONVERSE INFORMATION CENTER / https://converse.co.jp/)
■アルバムリリース情報
7thアルバム
『こんなところに居たのかやっと見つけたよ』
2024年12月4日(水)リリース
■関連リンク
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