『まどマギ』『おお振り』など手がけるアニメーター・谷口淳一郎に聞く、仕事の流儀とキャラクターデザインの手法

アニメーター・谷口淳一郎に聞く仕事の流儀

人気作を手掛けるアニメーター、谷口淳一郎

 動画工房に所属するアニメーターの谷口淳一郎は、2024年の最新作『夜のクラゲは泳げない』、そして2025年冬に公開予定の『魔法少女まどか☆マギカ』など、数多くの作品でキャラクターデザインや総作画監督に関わっている。

 その守備範囲は美少女系や魔法少女アニメから、スポーツ、ギャグまで実に幅広く、「あの作品も谷口さんなんだ!」と驚く人も多いのではないか。谷口の多彩な絵柄はいったいどこから生まれたものなのだろうか。

 そして、動画工房といえば、創業以来数々の名作アニメを生み出し続けているスタジオだ。近年屈指の話題作『【推しの子】』から『ちいかわ』までヒットを連発しているが、実は、その人材育成にも谷口が関わっているのだという。

 リアルサウンドブックでは谷口にインタビューを敢行。歴代の仕事に注目しつつ、その仕事の方法論から魅力的なキャラクターデザインを生み出す秘訣まで深掘りした。(山内貴範)

『谷口淳一郎 アニメーション画集』(谷口淳一郎/著、STYLE/刊)

多彩な絵柄は新人時代の作品の影響

――私が谷口先生を知ったきっかけは『魔法少女まどか☆マギカ』ですが、『よんでますよ、アザゼルさん。』や『夜のクラゲは泳げない』も手掛けられていると知って驚きました。谷口先生は非常に絵柄の幅が広いなと感じます。

谷口:僕自身は、そこまでばらばらの絵を描いているつもりはないんですよ。ただ、うちの会社(動画工房)がもともとは下請けを中心に手掛けていた会社なので、新人時代から『ポケットモンスター』や『星のカービィ』、『まもって守護月天!』まで、あらゆるジャンルの作品に関わってきました。その影響もあっていろいろな絵柄が身に付いたのかもしれませんね。マスコットキャラをデザインするときは、『ポケモン』などの過去の経験が生きていますし。

――コロナ騒動の真っただ中だった2020年も、『イエスタデイをうたって』『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』『池袋ウエストゲートパーク』の3本でキャラデザと総作画監督を務める離れ業をやってのけています。

谷口:『イエスタデイ』は前年にすべて上がっていたので、2020年にかけ持ちをしたのは後者の2作ですね。僕は、極端に作風が違っている方が頭を切り替えやすく、似たタイプの仕事を並行してやるとかえって頭が混乱してしまうんですよ。『カービィ』をやっていたとき、『インタールード』というリアル寄りの絵柄のゲームの仕事も同時に進めていました。昔から、違う作風の仕事を並行してやることに慣れているんです。

――そして、谷口先生は動画工房に所属される社員でありながら、『まど☆マギ』のシャフトさんなど、いろいろな会社の仕事をしているのはなぜでしょうか。

谷口:当社は、元請けをやる前は下請けの仕事が中心だったのです。下請けの立場で作監を請け負うこともあったので、その流れですね。ボンズさんに出かけて『鋼の錬金術師』の仕事をしたりとか、パルムスタジオで『げんしけん』をやって水島努さんと知り合ったりしました。ほかにも、A-1 Picturesに行ったり、プロダクションI.Gに行ったりと、仕事の仕方は出向に近いですね。今でも年に1~2本は社内の仕事をやりながら、外の仕事も手掛けるスタイルは変わりません。

千羽由利子さんの仕事に衝撃

――キャラクターデザインをするときに心がけていることは何でしょうか。

谷口:キャラクターデザインはアニメーターが絵を描くときの設計図なので、わかりやすくすることが一番です。無表情で立っているのではなく、性格が表れるようなデザイン、そして総作監としては話のシチュエーションに合った表情になるように心がけています。例えば、痛い顔も場面によっては猛烈に顔を歪ませて痛さを表現したりと、臨機応変に変えていけるのは総作監の特権ですね。

――谷口先生が特に影響を受けたアニメーターといえば、『To Heart』や『フィギュア17 つばさ&ヒカル』などで知られる、千羽由利子さんだそうですね。

谷口:千羽さんの絵柄は新鮮ですし、本当に質感がいいですよね。僕が新人のころに原画を担当した『鋼鉄天使くるみ』で、キャラデザと総作監を務めていたのが千羽さんです。仕事を拝見する機会がありましたが、これでもかと直していたんですね。レイアウトは言うに及ばず、原画にも手を加えていました。

――千羽先生は華やかな絵柄に注目が集まりますが、お話を伺うと、その仕事ぶりも凄いものがありますね。

谷口:絵の芝居は言うに及ばず、アクションも上手い。アクション専門のアニメーターが手がける仕事まで、千羽さんが直しているんです。これが総作監の仕事か…と、かなり衝撃を受けました。当時は20代で、まだ自分が総作監をやる前に千羽さんの仕事に出合えて、良かったと思っています。今でも千羽さん以上のことをしないと仕事をしていることにならない、自分は怠けている、という感覚が身についています。

――谷口先生と縁の深いアニメーターといえば、『君の名は。』などのキャラデザを手掛けた田中将賀先生です。専門学校で同期だったそうですが。

谷口:田中君は同期ですが、専門時代はちょっと話をした程度で、むしろ業界に入ってから、愚痴を言い合ったりして仲良くなった感じですね。

――漫画家からの影響はありますか。

谷口:高橋留美子さんの絵は何度も模写したし、安彦良和さん、藤子・F・不二雄さんの絵が好きですね。顔の表情は高橋留美子さんの『うる星やつら』から刺激を受けました。画期的な作品だったと思います。いまだに絵を描くとき、『うる星』のような表情で描いてしまうことがあるので、自分の絵の基本になっていますね。

どんなキャラでも“色気”を出す

――『夜のクラゲは泳げない』では、キウイがもっとも自分の絵柄に近いデザインとおっしゃっていました。ご自身の絵柄が確立されたと感じる作品を挙げるとすると、何だったのでしょうか。

谷口:2015年に『監獄学園』(プリズンスクール)という大人向けの作品でキャラデザと総作監を担当しましたが、原作の平本アキラさんは絵に色気がありますし、高いデッサン力で魅力的な絵を生み出されています。仕事をさせていただくなかで、いろいろなことを勉強させていただきました。この仕事が、その後の僕の指標になっていると思います。

――アニメ雑誌の描き下ろしイラストなどの仕事も多いですよね。雑誌の絵を描くこと気に、こだわっていることはありますか。

谷口:絵が無機質で色気がないと読者のみなさんは目を止めないと思いますし、何も感じないと思うので、どんなキャラでも色気を出すように心がけています。色気という点では平本さんもそうですし、『インタールード』の堀部秀郎さんの絵も本当に色気があるので、影響を受けていると思います。

――画集やDVDのパッケージなどは、店での見栄えを意識して描かれることもありますか。

谷口:さすがに、店頭に並んでいる光景まで意識したりはしませんよ。とはいえ、版権絵は作品のイメージを決めるものですから、常にベストな絵を出すようにしています。

倉敷の環境が創作の下地になっている

――アニメスタイルさんから出版されている『谷口淳一郎アニメーション画集』を拝見しますと、普段、谷口先生は原画や総作監修正などをアナログで描かれているようですね。

谷口:画集に載っているのは『まど☆マギ』の『叛逆』の絵ですが、このころは版権イラストはデジタルで、実作業はアナログと使い分けていました。今は版権もアニメ作業も完全にデジタルに移行し、使っているソフトはCLIP STUDIOです。

――いつ頃、アニメの実作業もデジタルに切り替えたのですか。

谷口:『イエスタデイ』のときに製作期間が取れたので、勉強しながら徐々にデジタルに切り替えていきました。版権イラストに関しては100%デジタルの方が楽です。レイヤー分けがアナログは絶対にできませんし、色を間違って塗ったらそれでおしまいじゃないですか(笑)。デジタルはやり直しが効くので、本当に便利ですし、効率はいいですね。

――逆に、アナログの良さはどんなところにあるのでしょうか。

谷口:アナログは取り回しが効くんです。紙を回したり、広げたりしやすい。デジタルは絵を回すとき、カチカチとボタンを押さないといけないでしょう。

――谷口先生がXに投稿されている写真も情緒的で印象深いものがあります。特に、インド風の寺院の築地本願寺はたびたびUPされていますね。非日常的な風景などもお好きなのでしょうか。

谷口:築地本願寺は健康診断のついでに写真を撮っただけなのですが、変わった建物はかなり好きですよ。そして、父親の趣味が写真だったんです。実家には写真の本がたくさんあって、コンクールの雑誌を読みふけった時期もありました。

――岡山県倉敷市のお生まれだそうですね。一流の絵画や、素晴らしい建築にも触れやすい環境と思います。

谷口:保育園も美観地区の目の前でしたし、高校も大原美術館の近くにあったので、美観地区の真ん中を通って通学していました。保育園の散歩で外に出ると美観地区ですし、大原美術館を見学したりしていました。倉敷の環境が僕の下地になった部分は、大いにあると思いますよ。

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