杉江松恋の新鋭作家ハンティング 自信をもってお薦めできる「このミス」大賞作『ファラオの密室』

「このミス」大賞『ファラオの密室』評

 読者を退屈させない工夫が凝らされており、話運びのテンポが実に見事である。小説の後半にはボトム・ポイント、つまり主人公の希望がすべて打ち砕かれて悲嘆に暮れるしかなくなる展開が準備されており、ここでは念の入ったことに奴隷少女カリまでが絶望の淵に沈まされる。悲嘆二倍。悲しさも絶望も二倍だ。だが、小さな曙光が見えると、それはどんどん輝きを増し、結末に向かう物語も加速一方になる。どうなるか知りたいという読者の気持ちが最大限になったところで、先の不思議二つが謎解きされるのである。痒いところに手の届くような話運びだ。後半に行くにしたがって作者が成長していっている感さえある。

 肝腎のファラオの密室や、セティの心臓を盗んだ犯人捜しなど、いくつか振りまかれた謎は合理的に解かれる。おもしろいのは、謎の解は現代の読者が納得しうるものであるのに、それを成立させている基盤には古代エジプトならではの特殊事情があるということだ。だから古代エジプトなのか、と感心させられることしきりであった。

 「このミステリーがすごい!」大賞は1次から最終まですべての選考委員が公表されている。だから書いてしまうのだけど、実は1次選考でこの作品を担当したのは私である。古代エジプトの話なのでいささか身構えさせられたのだが、心配は杞憂となり、すぐ物語に没頭することができた。これだけおもしろければ古代エジプトだろうがカムチャッカだろうがまったく問題なし。受賞後におそらくは加筆修正されたであろう単行本を読み直してみたが、最初のときよりもさらに楽しめた。波瀾万丈、柄の大きな伝奇ミステリーとして仕上がっている。舞台もミステリーの仕掛けも他に類例がないので、お得感まである。

 自信をもってお薦めできる。またしても一人、有望な作家がデビューしたぞ。読まないと損だ。

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