杉江松恋の新鋭作家ハンティング 還暦を過ぎてのデビュー作、東圭一『奥州狼狩奉行始末』
この図式をまず見せておいて、作者は第二章から別の話題を振ってくる。ここがおもしろいところで、狼の恐怖と並行して、藩の中で進行していると思しき、ある不正についての調査が行われる。証拠はまったくないため、亮介は身辺に近い人々を糾合して少しずつそれを集めていくのである。第一章とは一変して、このくだりはミステリーの風合いでなかなか読ませる。奥州という土地柄ゆえの産業のありさま、どのような形で金が生み出され、藩の経済を回しているのかということがわかりやすい筆致で明かされていく。誰が不正に関連しているかということが次第に明らかになるのだが、関与する人物も多からず少なからずで混乱がない。欲を言えばもう少し膨らみがあればなおいいし、亮介が進める調査にもさほどの障害が訪れないので、すんなりと事が運びすぎているように思われる。
だがそれは、新人賞応募作という制約のなせるわざだろう。第二章が終わるころには藩で何が起きているかがだいたい把握できるようになっている。整理の良さは、新人のデビュー作としては見事なものだ。この人が、さらに複雑な題材を手がけたらどうなるだろうと期待もさせる。
第一章は狼の物語、第二章は人のそれ、ときて第三章である。さあ、どうなる。当然だが、その両方を敵に回して亮介は闘うことになるのだ。事が露見して焦る敵が腕利きの刺客を差し向けてくるため、彼の身にも危機が迫る。さらに言えば、三年前に亡くなった父親は本当に狼に殺められたのか、という謎もある。これらの要素が渾然一体としてぶつかってくることになるわけだ。盛り上がるしかないお膳立てで、狼の跋扈する山中で最後の対決が行われる。
地方藩を舞台にした時代小説は藤沢周平が得意とし、その後も葉室麟など優れた書き手が手がけてきた。最近では砂原浩太朗が将来を嘱望される新人として精力的に作品を発表している。そこに東圭一も加わるわけだが、この書き手には時代小説には命でもある自然観察の能力が備わっているように思われる。近代以前は、今よりも人間の立場が弱く、自然の中で生かされているということを自覚しなければならない局面が多々あった。それゆえに、山河や草木を自らの一部として見るような心性が人々の中に宿ったのである。できればそうした側面を描く作家として育ってもらいたいが、東圭一、いかに。