佐藤 究、三島由紀夫に挑んだ新作長編『幽玄F』を語る 「重視したのは、死の享楽や美を持たせないこと」

佐藤 究『幽玄F』インタビュー

かけ持ちでは亡霊と戦えない(笑)

――『幽玄F』を構想してから完成するまでの5年の間に『テスカトリポカ』を書かれたわけですが、その経験は執筆に影響しましたか。

佐藤:『テスカトリポカ』が成功したおかげで、次作に最大限のスポットが当たる状況になってしまい、今回の作品に取りかかる時は、なぜここで三島さんに挑むはめになったのか、という極度のプレッシャーしか感じませんでした(笑)。小説は毎回、これで最後というつもりで書くんですけど、『幽玄F』は過去にない大変な作業で、ほかの仕事はほぼ断りました。割がいい仕事もありましたけど、かけ持ちでは亡霊と戦えない(笑)。

 三島さんは、小説を書く時は10代に戻って書いていた気がします。10代のパンドラの箱を開けにいく感じ。だから僕も今回、初期衝動みたいなものを作品に込めたいと思ったんです。『テスカトリポカ』の成功だとか、そういうものを踏まえて書く姿勢では失敗するだろう、と。それで自分が10代でファンになった、オアシスのデビュー作『ディフィニトリー・メイビー』をかなり聴きました。特に「コロンビア」という曲ですね。あの曲には積乱雲を見上げるような独特の高揚感がある。

 夏の空を見た時の眩暈ってあるでしょう。それが、三島文学に共通する重要な感覚だと思います。どんなにロジカルな人間にも訪れるような、言葉にならない眩暈、その空気を自分も書けるかどうかが、作品の勝負どころになると思いました。だから夏の夕方は毎日のように公園へ出かけて、ベンチでひたすら空を眺めましたよ。他の人からは「人生、なにかあったの?」みたいに思われていたはずです(笑)。『幽玄F』を書き終えて、もうあんなに空を見上げなくてすむと思う一方、少し寂しさも感じますね。

■書籍情報
『幽玄F』
著者:佐藤 究
発売日:2023年10月19日
価格:¥1,870
出版社:河出書房新社

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