直木賞候補作家・加藤シゲアキにも影響! 三島由紀夫の異色エンタメ小説『命売ります』がいま読まれる理由とは

加藤シゲアキも刺激を受けたエンタメ小説

 「1960年代に書かれた小説が、2021年現在ベストセラーになっている」といわれると、どんな作品!? とびっくりしてしまう。それがあの、ノーベル賞候補にもなった作家・三島由紀夫の小説だというのだから、さらにびっくりしてしまう。

三島由紀夫『命売ります』(ちくま文庫)
三島由紀夫『命売ります』(ちくま文庫)

 三島由紀夫の『命売ります』という小説の表紙を見たことがある人も多いかもしれない。ちくま文庫に、ポップな表紙、そして帯には「怪作」の文字。一目見たら忘れないほどキャッチーな表紙の『命売ります』は、実は中身もキャッチ―だ。

 刊行から50年経った今もめっちゃ売れてるって、一体どんな小説なんだよ……と、おっかなびっくりページをめくってみると。いい意味で裏切られる。そこには、三島由紀夫らしくない、するすると読める文体が続く。

 そして「今だったらネットフリックスで配信されそうな展開の速さ!」と言いたくなるほど、スピード感ある展開。登場人物の発言もみんなくすっと笑えるユーモアを持っているし、なにより主人公のトホホと言いたげな悲哀に、笑いながら共感してしまう。こりゃ、今も売れるわ。と本を閉じた後に納得せざるをえない、極上のエンタメ小説なのである。

 『命売ります』のあらすじは、自殺に失敗した青年が、「命を売る」広告を出したことで、さまざまな人に出会い、そして騒動に巻き込まれてゆく、というもの(ね、けっこうポップな展開だと思いません?)。

 たとえば2021年の直木賞候補にノミネートされた作家の加藤シゲアキもまた、この小説に心を惹かれ、刺激されたひとりだという。加藤が筑摩書房に寄せた『命売ります』の書評(https://www.chikumashobo.co.jp/special/inochi_urimasu/)があるのだが、そこにはこんな一文が引用されている。

「人が見たら、孤独な人間が、孤独から救われたいあまりの、つまらん遊びと見えるだろう。だが、孤独を敵に廻したら大変だぞ。俺は絶対に味方につけているんだから」

 孤独を味方につける。考えてみれば、不思議な言い回しだ。小説のなかに出てきたらさらっとスルーしてしまいそうだが、こうやって引用されると、さてどういう意味なんだろう? と考えたくなる。

 ではちょっと考えてみよう。孤独を味方につけるとは、どんな方法があるのだろう。――たとえば「文章を書くこと」はどう? 文章を書くのは、孤独なときしかできない。たぶん孤独であればあるほど、文章を書ける。うん、文章を書いているときだけは、孤独が味方になってくれるっぽい。

 ほかにも、「料理をすること」「音楽を奏でること」「本を読むこと」「自分だけの問いを探求すること」、全部、孤独が味方になってくれそう。……そう、考えてみれば、私たちひとりひとりがなにかを表現しようとするとき、きっと孤独は、味方についてくれているのだ。それはきっと今も昔も変わらない。

 だとすれば『命売ります』が今なおベストセラーになるのも分かる。だってこの小説は、「命を売る広告を出す」というかたちで、自分の孤独を表現しようとした人の物語だから。

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