連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年6月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は六月刊の作品から。
若林踏の一冊:三津田信三『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』(角川書店)
三津田作品のシリーズ探偵・刀城言耶が講師を務める研究室に集まる怪異譚の謎解きに、作家の天弓馬人と大学生の瞳星愛が挑む連作短編集だ。怪奇と論理の狭間を揺れ動きながら意外な展開で驚かせる著者お得意の手法はもちろん、独創的なトリックで魅せる部分が多い事にも着目したい。特に「近寄る首無女」や「目貼りされる座敷婆」などは、ジョン・ディクスン・カーの愛読者が大喜びしそうな趣向が待っている。怪異を扱う探偵役なのに極度の怖がりという天弓馬人の人物造形など、怖いだけではなくユーモラスな雰囲気を湛えているのも良い。
千街晶之の一冊:紙城境介『シャーロック+アカデミー Logic.1 犯罪王の孫、名探偵を論破する』(MF文庫J)
稀代の犯罪王の孫・不実崎未咲と、当代最高の名探偵の養女として育った詩亜・E・ヘーゼルダイン——正反対の出自を持つ少年と少女が、探偵学園で推理を競い合う間柄となる。いかにもライトノベル的なキャラクターが次々と登場するけれども、繰り広げられる推理は極めて高水準であり、展開も意外性充分。八月には早くも二巻が出るようだが、円居挽の「ルヴォワール」シリーズや井上真偽の「その可能性はすでに考えた」シリーズのような、推理合戦の妙味と外連味のある設定とを兼ね備えた作品に比肩する名シリーズになることを期待したい。
野村ななみの一冊:織守きょうや『彼女はそこにいる』(KADOKAWA)
立地は悪くなく家賃も安め、築40年だけれど内装は綺麗な庭つきの一軒家。しかし、なぜか人が居つかない「いわくつきの家」を舞台に、本作では読後感が異なる3つの物語が展開する。たとえば、一軒家に引っ越してきた女子中学生の周囲で頻発する怪現象を描く1話はホラー味が強く、不動産仲介業者とライターによる調査が主軸の2話は謎解き要素が強めだ。続く3話は……実際に読んで、明らかになる真相に背筋を凍らせて欲しい。各話の小題と『彼女はそこにいる』というタイトルも要チェック。恐怖と喪失感に呑み込まれること間違いない。
藤田香織の一冊:井上真偽『アリアドネの声』(幻冬舎)
最新のIT技術を駆使した都市を巨大地震が襲い、五層からなる広大な地下街に「令和のヘレン・ケラー」として知られる中川博美が取り残される。目が見えず耳も聞こえず話すこともできない博美は街の所在地である知事の姪。二次災害の恐れがあり人力での捜索は不可能。災害救助用ドローンを扱う高木ハルオが急遽重大な役割を担う。無事に博美を発見できたとして、どのように気付かせ、説明し、誘導するのか。博美と他の被災者たちとの命の重さに違いはあるのか。最先端の技術と泥臭い思いが交差する約3年ぶりの新刊。ラストはまさに震撼!