立花もも厳選 金原ひとみの傑作、古式ゆかしきミステリーなど……今読みたいおすすめ新刊小説 

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)

金原ひとみ『腹を空かせた勇者ども』(河出書房新社)

  会う人全員に配ってまわりたいくらい、よかった。主人公の玲奈は中学二年生。成長期で、いつもお腹が空いていて、考えるより先に身体が動くバスケ少女という、これまで金原ひとみさんが描いてきた主人公とは真逆のタイプだ。常に理詰めでモノを語り、常識や型にとらわれて考えることを放棄する人を憎み、不倫していることを夫にも娘にも隠さない母親のほうが、読者にとってもなじみ深いことだろう。玲奈にとって、そんな母親は理解不能の存在だ。不倫に対する嫌悪感も、当然、ある。だがそれでも、常に娘に対しては愛情と手間を惜しまず、まっすぐぶつかってくる母親を愛し、頼り、支えられながら現実と向き合い、成長していく。その過程が愛おしくてたまらない。

  コンビニで出会った中国人留学生のイーイー。コロナ禍で実家の食堂が経営難に陥った友達の駿。やはりコロナ禍をきっかけに、私立中学に通うことも難しくなった同級生のミナミ。どんなに頑張っても勉強で成果を出すことができないヨリヨリ。大好きな人たちが、自分にはどうしようもない理由で困難に陥っているとき、うかつに手を差し伸べればそれが善意であっても侮辱になりかねないこと、どんなに必要としているコミュニティも永遠に続きはしないこと、しかしそれでも出会った人たちを愛し続けることはできるということを、玲奈は痛みとともに知っていく。

  血が繋がっていたとしても他者をどうにかすることはできないという絶望を、ほんのちょっとの理屈と本能で乗り越えていく玲奈が最高だ。そしてそんな彼女を導くため、「概念として存在し続けたい」と信念を曲げずに向き合い続ける母親も。 ぜひとも全国の夏の課題図書に指定して、玲奈みたいな子たちに読んで、感想文を書いてみてほしい。だる、うざ、と拒絶されるだろうけど、それでも彼女たちがどんなふうにこの小説を受け止めるのか聞いてみたい。

草森ゆき『不能共』(KADOKAWA)

 理解しあえない他者がともに生きる、という意味ではこの小説にも共通するところがある。が、読み心地はだいぶ真逆というか、前提の設定がえぐい。なにしろ主人公は、恋人が既婚者だと知って別れを告げたら目の前で命を絶たれてしまった男と、その恋人の夫なのである。

  物語の冒頭、死んだ恋人の夫だと名乗る清瀬隆の来訪を受けて、朝陽大輝は面食らう。「私には、もう貴方しか加奈子の話を出来る相手がいないのです」と言われたって、知ったこっちゃないのが本音である。清瀬にとって大輝は加害者かもしれないが、大輝だって状況だけみれば被害者である。さらに、加奈子が大輝とつきあった理由は、清瀬が男性機能的に不能で、子どもをもつことができないから。つまり、大輝との間に子どもをつくって養子に迎えようとしていたというのである。むちゃくちゃだ。清瀬も本心では納得していなかった。大輝のことが憎かったし、今も憎んでいる。だから永遠に嫌がらせしようと、合鍵をつくってまで大輝の家に通い、手料理をふるまい続ける。これはもう、壊れているとしか言いようがない。だが大輝とて、それは同じなのだった。

 二人の歪んだ関係は、やがて一種の絆のようなものを形成していく。

 清瀬が不能になった経緯、加奈子との関係に隠された過去はあまりに凄惨である。冒頭からしばらくは、あまりに胸が痛む描写が続くので、いったい二人の関係がどこへ着地するのかとハラハラしたが、あまりに自然な形でハッピーエンドに着地するものだから、おったまげてしまった。疾走感のある文章と怒涛の展開に、一気読み必至である。

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