「SFの醍醐味とは、パスティーシュではないか」 陸秋槎 × 大森望、中国SF対談
日本のSFはとても自由
大森:今の中国の短編状況はどうですか。
陸:紙の雑誌では「科幻世界」と「銀河辺縁」ですけど、電子出版もけっこうあります。日本でも影響力があるのは、未来事務管理局。中央公論新社で出た『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』の作品も、だいたいそこのもの。
大森:未来事務管理局の武甜静さんが編者の1人だった。
陸:もう1つは豆弁閲読というサイトで、電子出版もやっている。私もそこでミステリ短編を載せたけど、儲けがない。でも、今、中国はSFバブルですから、小説は売れなくても映像化の権利を売れたら儲かる。『流転の地球』(原作は劉慈欣『流浪地球』)は大ヒットして、今年『流転の地球2』も大ヒット。去年末に『三体』のアニメもできたけど、そっちは駄作でした。キャラが、みんなの想像するものとは、ずれていました。
大森:中国の『三体』ファンは、ほんとにアニメ版に厳しいですよね。いくらなんでも、ちょっとけなされすぎじゃないかと。第二部の『黒暗森林』をやっているんですけど、オリジナル要素がすごく多い。宇宙ステーションの大事故の描写は大迫力で、いいところもいっぱいある。そりゃまあ、実写版と比べると分が悪いけど。
陸:『三体』のテレビドラマ版は、ほぼ同時に出て、評判がいい。今年はNetflixのドラマもあります。でも、今のSFバブルは昔の作品の映像化ばかりで、最近の作品はない。問題は、すべての作家のなかで、SF作家になったら小説を書かなくても大丈夫になること。
大森:日本もそうなりつつある。企業案件のSFプロトタイピング(SF的発想で試作品=プロトタイプを作る手法)の方が、お金が入る。プロトタイピングが進展しない方が、SF小説のためにはいいのかもしれない。まあ、小説を読む人の数が少ないという問題があるので、今のようになるのは当然とも言える。その状況を陸さんが長編も書いて、変えてくれるでしょう。
陸:たぶん今年、書きます。中国を舞台とするミステリを。
大森:ミステリ?
陸:SFミステリ。長編は、事件がないとストーリーをどう書けばいいかわからない。
大森:『三体』も特殊設定ミステリみたいなところがあったし、イーガンだって『宇宙消失』は、人間消失事件の謎を解くうちに、いつの間にか宇宙の謎が解けてしまう話。
陸:ハードSFは、だいたい事件がありますね。
――(会場からの質問)日本のSFをどうみていますか。
陸:日本のSFはとても自由です。中国ではSFを権威があるものとして期待していますが、日本の読者はそうではない。もし、中国でSF作家としてデビューしたらプレッシャーが大きかった。私は20世紀の欧米作家が好きで、私の作風は欧米ではちょっと古い。また、中国の読者は、科学技術的なところを求める人が多い。だから、私にとってSFでデビューしやすい、デビューしたい場所は、やっぱり日本でした。
大森:今、日本SFでは新人作家が出やすくなっていますけど、まだガンガン売れている状況ではない。短編は書けても長編が出せないから、結果的に短編黄金時代みたいな感じになってる。でも、小川哲さんの直木賞受賞作『地図と拳』がベストセラーになっているし、『三体』の例を見れば、日本の本格SFが同じくらい売れることだってありえなくはない。可能性はいろいろ広がっていると思います。