「SFの醍醐味とは、パスティーシュではないか」 陸秋槎 × 大森望、中国SF対談

陸秋槎 × 大森望、中国SF対談

中国SFに何が起きてきたか

大森:さて、今回は陸さんに「中国短編SFの黄金時代とその終わり」というテーマで話していただきます。

陸:写真と一部の資料は「中国SFのデータベース(CSFDB)」というネットサイトで調べました。ここは中国語と英語があって便利。黄金時代とは、劉慈欣の登場から長編の『三体』を出すまでの時代。中国の短編SFが一番盛り上がった時代だけど、私がSFを読み始めた時には終わっていた感じ。だから、経験はしていないんです。

大森:中心が、四天王(韓松、何夕、王晋康、劉慈欣)といわれる作家たち。

陸:1990年代から活躍している方たちで、中国のSF雑誌「科幻世界」が作品をいっぱい掲載して、4人についてはみんな日本語訳が出ています。一番遅い登場は劉先生で、「科幻世界」の作品が受賞する銀河賞を七年連続で短編で受賞して、一番人気になりました。『三体』以前に長編も出ていて、日本で『三体0 球状閃電』と題された『球状閃電』とか。また、もうじき日本語訳が出る『超新星紀元』は、そのままでは中国で出版できないので5回くらい直した作品です。戦争や人類の運命をテーマにした大きな物語は、政治的に微妙で出版できないことがある。劉先生の最初の長編は、今も出版されていない。

大森:「中国2185」ってやつですかね。中国のサイトをみると、作品リストの一番上にあるけど本になっていない。『球状閃電』は現代の戦争が題材なので、アメリカの国名は出さないとか、かなり気を使っている。もともとは、もっと現実的な戦争の話だったみたいですが。

陸:『円』で私の一推しは「郷村教師」。中国の現実と宇宙戦争がつながるような、めちゃくちゃだけど感涙の話です。中国SFや劉慈欣の魅力がわかる。

大森:考えてみると『三体』3部作にそのままつながる作品でもありますね。

陸:続いて中国SFの長編時代について。「科幻世界」は長編も載せますし、増刊の「星云」で長編を刊行することもあります。そのシリーズで『天意』(銭莉芳、2004年)という歴史SFが大ヒットした。SFとしての完成度は正直、高いといえませんけど、当時の読者には珍しかった古代中国の話でよく売れた。『三体』以前の中国SFでたぶん最も売れた本。この大ヒットがきっかけで、他のSF作家も長編を書きましょうとなった。


大森:けれど、ファンタジー風の『天意』の波に乗ろうとしたわりには、『三体』はリアルな話から始まる。劉さんは、一般の小説を読んでいる人に向けて書いていたんじゃないか。

陸:ただ『三体』にも「円」になったファンタジー的な話が出てきます。『三体』が「科幻世界」に連載され、長編に全力をあげるようになってから劉先生は、短編が減った。もう1つ重要なのは、2006年から翻訳小説ばかり載せる「科幻世界・訳文版」の創刊。翻訳も載せていた「科幻世界」が中国SFだけになって、海外SFファンと中国SF読者は、分裂しちゃった。私は高校生でしたけど、周りには「自分は訳文版だけを買う人だから」とアピールするSFファンもいました。

大森:意識高いアピール(笑)。

陸:あと、かつての学生は、本が高いから雑誌を買っていた。大きくて薄い中国のSF雑誌を隠して持ちこみ、寮や授業中にこっそり読む。私の高校時代はそれが主流でした。でも、紙の雑誌が売れなくなったうえ、2012年に事件があった。「科幻世界」に掲載された「私たちが冥王星で坐って観る」(作者は『三体X』の宝樹)は、主人公2人(「負け犬」、「オタク」にちなんだ命名がされた)が冒険し、最後に日本のアダルトビデオの女優がたくさん登場した。それが鮮烈すぎて(笑)大炎上。「もう2度と中国SFは読まない」と宣言する人もいた。

大森:『三体X』に武藤蘭(日本では朝河蘭。AV女優)が登場したのは……。

陸:同時期でしたし、炎上しました。でも、問題の宝樹の短編は、銀河賞を受賞した。

大森:だったら、いいじゃん。許されたんですか。

陸:いえいえ。SF側の人は好きだけど、「SF業界は大丈夫ですか」と思う読者も増えた。

大森:劉慈欣さんも、自分ともう1人の実在SF作家をモデルにした2人がホームレスになって風俗嬢とどうこうというネタを書いてますけど(「呪い5・0」。『流浪地球』所収)。

陸:もう1つの中国SF重大事件は、2013年の海賊版サイト「烏拉科幻小説網」の閉鎖。昔のSF雑誌は入手しにくいけど、そこで「科幻世界」掲載作が、無料でほぼ全部読めた。でも、著作権問題で閉鎖され、「長編なら本を買えばいいけど、短編はどこで」となった。2013年から本当に短編は読まれていない。私の小説も、そうかもしれない。

大森:陸さんは立場的に、中国人のSF作家としてまだあまり認められていないというか。

陸:中国で単著が出ていないから。『ガーンズバック変換』は日本オリジナルだし。

大森:収録8本のうち6本は日本が初出。中国SF作家なのか、日本SF作家なのか。

陸:私はアイデンティティが薄いので。だから、最近のSFは、アイデンティティの話ばかりで、あまり面白いと思わない。

大森:(爆笑)。アイデンティティに興味ないんだ。

陸:ないない。今の時代ならだれでも自由に生きていいんじゃん。

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