三度の落選も内容を変えずに大賞受賞の異色作『標本作家』小川楽喜「プロットがないことでスケールの大きい作品がつくれた」
西暦80万2700年、人類滅亡後の地球。高等知的生命体「玲伎種(れいきしゅ)」は人類史の偉大な文人たちを蘇らせ、収容施設〈終古の人籃(しゅうこのじんらん)〉に集わせて歪んだ共著を書かせていた。作家と玲伎種の交渉役である〈巡稿者〉メアリ・カヴァンは、ささやかな、しかし重大な反逆を試みた——
第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作『標本作家』(早川書房)が刊行された。遠未来という人類の終末に創作の営みを強いられる文豪たちという異彩を放つ物語。その独特なイマジネーションと精緻な構成の妙を、本作でSF小説界にデビューした著者小川楽喜(おがわらくよし)氏に聞いた。
SFコンテストへの応募は読者からの意見が後押し
——第10回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞、そして受賞作『標本作家』の刊行おめでとうございます。まずは受賞のお気持ちを聞かせてください。
小川:受賞のご連絡(2022年9月)を受けた直後は信じられなくて、受賞後も編集者さんとの打ち合わせや加筆修正などの作業はあったのですが刊行されるまでは実感が湧きませんでした。1月に形になった『標本作家』の本を見て、さらに発売された一週間後の贈賞式で受賞盾をいただいて、ようやく実感が湧いてきた感じですね。
——受賞されて身の回りや小川さんご自身に変化はありましたか。
小川:身の回りではあまり変わりはないのですが、『標本作家』を出させていただいて、次の作品も同じくらいの、できればそれ以上のクオリティの作品を書いていきたいという気持ちが芽生えてきました。
——なぜハヤカワSFコンテストに応募されたのですか。
小川:個人のスキルを売買するインターネットサイトがあるのですが、そこで小説の感想を書いて送りますというサービスをしている方たちがいます。早川書房さんに応募する前に、別の賞に応募して落選していたので、いったい何がダメなんだろうと思い、一般の方に感想を聞いてみようと申し込んでみました。返ってきた感想で褒めてくれる方もいらっしゃって、その中のお二人から、「早川書房に応募すればいいところまで行くんじゃないですか」というご意見をいただきまして。自分でも応募先の候補には挙がっていたので、ハヤカワSFコンテストに応募しようと決めることができました。
——『標本作家』は以前にも投稿されているそうですが、何社に応募されたのですか。
小川:3社です。ひとつは一次選考落ちで、残り二つは編集者さんが直接読んで審査する形式でしたけど、どちらも最初の段階で落ちてしまいました。
——4社目で大賞受賞となったわけですが、早川書房に応募する際に作品内容で変えたところはありましたか。
小川:一回目の応募から一文字も変えてないです。一次選考落ちなので選評が戻ってきたりしないので、どこが良くてどこが悪いのかわからない。僕の中では最初に書いたものがベストだったんですが、変えようにも助言をいただかないと変えようがない。闇雲に変えたら悪くなるだろうと思って(笑)。この状態が自分の中でベストなものなのでハヤカワSFコンテストでダメなら諦めようと思っていたら、二次に行った。最終選考にも残った。最後には大賞までいったということで、自分自身とても驚きました。
——小説を書き始めたのはいつごろからですか。
小川:10代の終わりから20代前半くらいですね。元はグループSNE(安田均氏によって設立されたゲームデザイン・作家集団。TRPG『ソード・ワールドRPG』や小説『ロードス島戦記』などで知られる)所属でシナリオや小説を書いていたのですが、ちゃんと形にしたのはこのころが初めてです。ただ当時は“グループSNEの小説”という意識が強くて、私の個性を出すような作品を書くことはなかったです。
——小川さん個人としてネットなどで小説を発表していたのですか。
小川:いまはネットの投稿サイトで小説を発表できますが、私は意識的にしなかったです。ネットの小説投稿を否定するわけでなく、私としてはそこで発表して読んでもらうことで自分を満足させたくなかったんです。読んでもらいたいという欲求を商業出版で発散させるまでは抑えておこうと思っていました。
——小川さんにとって書くこととはどのようなことですか。
小川:物語というのはどちらかというと副次的なもので、自分の中にあるはずなのに自分で認識してないものを見つけて、それを膨らましていきたいというのはあります。
——書きながら考えていくということですか。
小川:そうですね。膨らました結果、ストーリーになればいいなという気持ちがあります。
——事前にプロットなどは考えないのですか。
小川:まったく作らないです。頭の中にあるごちゃごちゃなイメージを拾い上げて組み上げていく感じです。だから、あらすじもなくいきなり原稿を書き始めます。