「SFの醍醐味とは、パスティーシュではないか」 陸秋槎 × 大森望、中国SF対談

陸秋槎 × 大森望、中国SF対談

 中国出身で日本在住の作家・陸秋槎は、これまで『元年春之祭』などミステリ作品で注目されてきたが、2月に日本オリジナルSF短編集『ガーンズバック変換』(阿井幸作・稲村文吾・大久保洋子訳)を刊行した。一方、『円 劉慈欣短篇集』(大森望・泊功・齊藤正高訳)が3月に文庫化されたが、大ヒットした『三体』をはじめ、中国SFの代表格・劉慈欣の作品の日本語訳にかかわってきたのが、大森望である。3月11日に2人の刊行記念対談が、同月末で営業を終了する八重洲ブックセンターで催された。イベントでは、互いの新刊についてだけでなく、中国SFに関する状況変化も語られた。
(円堂都司昭/3月11日取材・構成)

サイバーパンクが現実になった時代

左、陸秋槎。右、大森望。
『ガーンズバック変換』(早川書房)

陸:3年前もゲンロンカフェで大森先生と劉慈欣先生の話をしました(「劉慈欣『三体』日本語訳版刊行記念イベント」)。

大森:あのときは陸さんにいろいろ教えてもらって大変役に立ちました。当時、僕は中国SFに関する知識がほとんどなかったので。翻訳状況も当時から一変して、劉慈欣の短編もいまでは全作品の3分の2以上が日本語で読めます。陸さんも、この3年間ですっかりSF作家としての地位を固められて、ついに短篇集も刊行されました。

陸:前回の時は、SFでは「色のない緑」(初出は『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』2019年。『ガーンズバック変換』所収)を発表しただけでした。

大森:早川書房のエレベータホールで陸さんが「SFマガジン」の溝口力丸さん(現同誌編集長)とばったり会って、「次号は百合特集をやるんですよ」と聞かされて、もし「百合SFアンソロジーを出すことがあればぜひ自分にも短篇を書かせてほしい」と売り込んだという逸話がすごい。初対面なのに。

陸:強引ですよね。1作もSFを書いたことがなかったのに。

大森:でも、百合ミステリは書いていた。『元年春之祭』は、昔の中国を舞台にした密室ものの本格ミステリ。にもかかわらず百合だと日本のマニアックな本格読者の間で話題になった。だから、「百合SFなら書ける!」ってなったんでしょうね(笑)。もともとSFは好きだったんですか?

陸:好きですけど、中国と日本では、流行っているSFが違う。私が中国で読んだSFは、日本ではみんな絶版、逆に日本で流行った欧米SFは中国であまり訳されていない。例えば、ジェイムズ・ティプトリーとか。去年やっと『星を継ぐもの』が出て、大ヒットしました。今年はたぶんグレッグ・イーガン元年。2社が同時にイーガン短編集を出して、1冊は私が解説を書きました。

大森:陸さんは、英語より日本語の方が楽に読める?

陸:中国人はだいたいそうです、漢字がありますから。

大森:『ガーンズバック変換』でも参考文献を多く掲げていますけど、昔のドイツや、英語圏のファンタジー、吟遊詩人について陸さんは日本語訳を参考にして書いているという不思議な……。

陸:コロナ禍で帰国できなかったので日本の資料ばかり利用しました。調べなければ、なにを書いていいかわかりません。想像の解像度を上げなければ不安なので。

大森:新刊に入った「物語の歌い手」も、とてもアジアの作家が書いたとは思えないほどヨーロッパ的なファンタジーや吟遊詩人をよく調べている。日本のゲームにも吟遊詩人がよく出てきますけど、だいたい浮かれて旅をしていて戦闘力が高くないとか、いい加減でステレオタイプなイメージになっている。『ガーンズバック変換』にはゲームの話もあって、ちゃんと調べてゲームを作れという人物が出てくる。そこは、陸さんの創作姿勢が共通しているのかなと思いました。昔、日本のゲームは国際競争力が高かったですけど、スマホの時代になってからは中国が……。

陸:いや、中国発で世界で流行っているのは『原神』だけ。ただ、日本のソーシャルゲームは、ストーリーは面白いしキャラクターは魅力的ですが、正直、ゲーム性は低いです。

『円』(早川書房)

大森:『円』の表題作は、もともと『三体』に出てくる作中ゲームの話で、短篇版も大筋は同じだけど、人間コンピュータの計画を持ちかける主人公を、フォン・ノイマンから荊軻(けいか)という暗殺者に変更した。ゲームの『FGO(Fate/Grand Order)』にも荊軻が出てくるから、一時、『FGO』クラスタが大挙して『円』を読んだという。

陸:そもそも『三体』で重要なシーンは、ヴァーチャル・リアリティ・ゲーム。

大森:あそこからぐっと面白くなりますね。同作が出たのが2006年だから、VRゲームのスペックは今と違うんですけど。

陸:今はゲームの世界が実現したから、書いてもSFと呼ばれない感じ。私の『ガーンズバック変換』も作品にキーワードとして出てくるから帯に「サイバーパンク」と書かれたけど、その言い方はあまり好きじゃない。今はサイバーパンクが現実になった時代だし、サイバーパンクはSFのなかで一番、想像力が必要ない。

大森:(笑)。『ガーンズバック変換』のあとがきで、陸さんが、「SFの醍醐味とは、パスティーシュ(作風の模倣)ではないか」と書いていて、確かにそうだなって思う。

陸:歴史改変ものとか中国でも日本でも流行っていますけど、それらも、本当の歴史をもとに偽の歴史を考える、歴史のパスティーシュみたいなもの。私はシリアスな作家じゃない。あとがきで名前を出したアーシュラ・K・ル=グウィンとコニー・ウィリスは、シリアスな作品が多いけど、でたらめな作品も多い。その遊び心が大好きで、そうなりたいです。ル=グウィンでは「アカシアの種子に残された文章の書き手」(論文の形式をパロディにした、いわゆる異常論文SF)が好き。

大森:ウィリスにも「魂はみずからの社会を選ぶ 侵略と撃退 エミリー・ディキンスンの詩二篇の執筆年代再考 ウェルズ的視点」がありますね。ディキンスンがH・G・ウェルズ『宇宙戦争』に描かれた火星人の地球侵略を体験して詩にしたという話を、まじめな論文の体裁で書いた。アイザック・アシモフ「再昇華チオチモリンの吸時性」とか、異常論文SFは昔からあって、SF作家は一生に1回は異常論文を書きたい欲望がある。陸さんの今度の短篇集に入っている架空SF作家評伝「ハインリッヒ・バナールの文学的肖像」も、最高によくできた異常論文というか文学史パスティーシュです。

陸:パスティーシュは、劉先生も多い。例えば、『円』の「詩雲」は、アーサー・C・クラーク「90億の神の御名」。

大森:世界中で呼ばれている神様の名前をコンピュータで全部数え上げて呼んだら神様が降臨するんじゃないかっていうショートショート。

陸:あれは大好き。クラークの長編には個人的に合わないものもありますが……でも、短編は本当に面白い。私の『盟約の少女騎士』の仕掛けは、クラークのある短編の影響を受けています。

大森:そうなんですか。でも、あんなところでネタにしてもなかなかわかってもらえないのでは……。

陸:実はけっこうSFです。私は、あれにも影響を受けました。ウォルター・M・ミラー・ジュニア『黙示録3174年』。

大森:これもみんなが1回は書きたがる、はるか未来を舞台にした物語。

陸:読みづらいけど、このタイプのSFでは1番だと思う。中国ではSFファンの必読書です。ロジャー・ゼラズニイ『光の王』も。

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