【第43回日本SF大賞】大ベテランのSF論『SFする思考 荒巻義雄評論集成』と鬼才の予言的作品集『残月記』が受賞
2021年9月から2022年8月までの1年間で最も優れたSF作品に贈られる第43回日本SF大賞が、荒巻義雄の『SFする思考 荒巻義雄評論集成』(小鳥遊書房)と小田雅久仁『残月記』(双葉社)に決まった。第168回直木賞を受賞したばかりの小川哲『地図と拳』(集英社)や、文芸誌に掲載された短編から初のノミネートとなった久木実木彦「わたしたちの怪獣」(東京創元社「紙魚の手帖 vol.6 AUGUST 2022」所収)、SF作家たちがSF的な着想を論文形式で書いた樋口恭介編『異常論文』(早川書房)も候補作として並んだ中から受賞を果たした、この2作品の面白さとは?
荒巻義雄は2023年4月で90歳になる大ベテランのSF作家。88歳の筒井康隆よりも年上でSF界の長老的な存在と言える。デビュー自体は1970年で筒井や小松左京、星新一といった第1世代より10年近く遅かったが、1972年にSFファンが選ぶ星雲賞を受賞した表題作を含む短編集『白壁の文字は夕日に映える』や長編『白き日旅立てば不死』を出し、すぐさま頭角を現した。1990年代にはシミュレーション小説として『紺碧の艦隊』や『旭日の艦隊』を執筆し、この後に大きく盛り上がって今に続く架空戦記ブームの中心的な人物として注目を集めた。今回の日本SF大賞受賞で荒巻義雄の名前を聞いてピンときた中には、この頃に覚えた人も多くいそうだ。
こうした小説家としての活動と並行して、荒巻義雄は評論活動も並行して行って来た。800ページを越す『SFする思考荒巻義雄評論集成』にはそうした活動が集められていて、一種のSF史を形成している。「第一部 SFの理論」としてつづられている文章では、レヴィ=ストロースやミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズ、ジャック・デリダといった人類学者や哲学者たちの思想を並べつつ、そうした思想が育まれた土壌がSFにどのように作用したかを分析して、時代の流れを見いだそうとしている。
「第二部 単行本・文庫解説と私の読み方」では、幻の作品となっている山尾悠子『仮面物語』や、「ウルフガイ」「幻魔大戦」の平井和正による『悪徳学園』といった文庫に執筆した評論だけでなく、ニュー・ウエーブSFの中心的な作家として知られるJ.G.バラードの著作、『聖痕』『モナドの領域』といった近年になってからの筒井康隆の著作、長山靖生の評論『ゴジラとエヴァンゲリオン』などについてしたためた文章を収めて、SFへの目配りの広さを見せてくれている。
小松左京や筒井康隆、平井和正といった第1世代や、最先端を行く円城塔に触れた「第三部 作家論」、文学に限らず美術や科学や経済などについて思索した「第四部 雑記帳」、自身で主宰したSF同人誌「CORE」や日本最古のSF同人誌「宇宙塵」などに執筆した評論を集めた「第五部 私の修業時代」と続く厖大な文章を読んでいくだけで、SFの歴史が分かり、SFが世の中をどのように切り取ってきたかが分かる。
末尾に収録された『「SF思考」か、「SFする思考か」』という一文では、「これからは、SFが単なるエンターテインメントとしてでなく、新時代を生き抜き、生き残るための〈新思考〉として定着するのではないでしょうか」と書いて、SFが持つ社会を穿ち、未来を示唆する役割が求められている状況を示唆している。分厚い1冊だが、個々の文章はどれも読みやすい。目次をながめて興味のある作家なり事象に関する文章を見つけてまず読んで、他の文章へと広げていくことで、この70年ほどのSFと社会の動きを感じ取れるはずだ。