立花もも 今月のおすすめ新刊小説 瑞々しさを失わない新井素子のSFや宝箱のような短編など今読むべき4選


 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。1977年デビューから瑞々しさを失わない新井素子の新作、倫理に関連するものなど、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)

『南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生』 新井素子

 まず何に驚いたって、1977年のデビュー以来、今なお新作を出し続けている新井素子の作家魂に、である。はじめて読んだのは『グリーン・レクイエム』、初版は1980年に刊行された作品だが、文体の瑞々しさが一切失われることなく、さらに古びることもない。すこし・不思議どころか、だいぶ不思議なSFストーリーを、令和のお仕事小説として調理する筆力。圧巻である。

 階段落ち人生、なんてサブタイトルがついているくらいだから、不運にまみれた女性がどん底から這い上がっていく物語なのかな、と思っていたのだが、文字どおり、本当に、階段から転げ落ちてばかりの女性が主人公だと知って、また驚いた。確かに、何もないところでよく転ぶ人というのは、いる。たいしておっちょこちょいというわけではなくても、なんでこんなところで?とスリップ事故が起きるのも、よくある話。それはすべて、常人には見えぬ時空のひずみが発生しているせいで、主人公の南海はそのひずみにことごとく足をひっかけて転んでしまう能力をもっているらしいのである。

 それだけならただの災害だが、南海がひっかかったあと、ひずみは消えてしまうらしい。さらにそのひずみを使って、南海は、どんなものでも〝修復〟することができるらしい……と気づいたのは、ひずみが靄になって見えるという大企業の御曹司・板橋。板橋に請われ、南海はある事業に協力することになるのだが、道理をねじまげてあらゆるものを修復していく南海の力は、人の心にわずかなひずみを生んでいく。人はどこまで〝神の領域〟に干渉することが許されるのか、倫理観を問う物語へと深化していくのも読みどころのひとつである。

『植物少女』朝比奈 秋

 倫理とは、人の営みのなかで守られるべき道徳や善悪の規範だが、法律と違って明確な線引きがされているわけじゃない。曖昧で、状況次第で簡単にひっくりかえされるその規範を自分に向けて問うために、物語というのはあるのかもしれないと『植物少女』を読んで思う。

 美桜の母親は、美桜を生むときに脳出血を起こし、植物状態が続いている。美桜にとって母親とは、対話することのできない静かな存在だ。けれど、だからこそ美桜は、母親になんでも打ち明けることができる。母は、決して美桜を叱らない。否定しない。あるがまま、受けいれてくれる。たとえ美桜が、日常のうっ憤を晴らすように、虐待めいたふるまいをしようとも、母は抗わない。ただ静かに、美桜のそばにいる。

 そんな状態の母を「こんな姿で生きていたくないだろう」と言う親戚がいる。父や祖母も、二度と目が覚めることはないとわかっていながら、不意に元通りになる日がくるんじゃないかと、心のどこかで望んでいる。今の状態の母を、そのまま受け入れているのも、美桜だけだ。動かない。話さない。喜怒哀楽もない。だけど母は生きているし、からっぽなんかじゃないのだと、葛藤の果てに美桜だけが気づくことができる。

 相手が意思を示さない以上、美桜の母に対する感情も、解釈も、すべて自分勝手なエゴでしかない。けれど人と人との関係というのは、そもそもそういうものではないか。本当のこと、なんて想像するしかできないまま、相手が自分とは異なる生を歩んでいることを尊重して、慈しむことしかできないのだ。意味があろうとなかろうと、どんな姿であろうと、私たちは呼吸をする限りは生きて、止まる日までただ生き続ける。それがどういうことなのか、問いかけてくる小説である。

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