漫画好きが注目するSFファンタジー『星旅少年』 著者・坂月さかなと担当編集が語る「青」と「創作」の裏側
まるで静かな夜を旅するような“青が沁みるSFファンタジーコミック”として、漫画好きから絶大な支持を受けるのが坂月さかなによる『星旅少年』。
――〈ある宇宙〉で、人々は「トビアスの木」の毒によって覚めない眠りにつきはじめている。そして、ほとんどの住民が眠ってしまった星は「まどろみの星」と呼ばれた。そんな「まどろみの星」を訪ね、残された文化を記録する星旅人303の物語を綴った本作は、昨年末に宝島社『このマンガがすごい!2023』オンナ編で第5位にランクインし、多くの注目を集めている。
今回、作者・坂月さかな先生と担当編集にインタビュー。『星旅少年』の創作へのスタンス、そこに込められた想いに迫る。(ちゃんめい)
“必要としている人”に届いていることが嬉しい
――まずは、『このマンガがすごい!2023』オンナ編第5位ランクインおめでとうございます。ランクインされたときはどんなお気持ちでしたか?
坂月:すごくびっくりしました。『星旅少年』は、「パイ インターナショナル」さんにとって初となるマンガレーベル「パイコミックス」での連載で、さらに紙ではなくWebなので知名度はあまりないものと思っていました。ですので、こうして本作を選んでくださる方がいることに驚きでした。
――作品の人気の高まりを受けて感じたことや、印象深い出来事はありますか?
坂月:2巻の発売記念に開催したリアルサイン会で読者の方から直接感想を伺う機会があったのですが、ご自身の抱える辛い気持ちを癒すために『星旅少年』を読んでいるという方が結構いらっしゃったんです。もちろん娯楽として読んでいる方も多いと思いますが、本作を読むことで元気が出ている……そんな“必要としている人”に届いているのはすごく嬉しいことだなと思います。
――担当編集の斉藤さんはいかがですか?
斉藤:『星旅少年』の連載当初は、坂月先生の昔からのファンが応援して下さっていたのですが、ボイスコミックを公開したり、リアルサイン会を開催するなど、作品が広がるのと同時に読者層もどんどん拡大して行ったように感じます。特にリアルサイン会では「友達にも布教してます!」と言ってくださる方もいて、『星旅少年』が好きな人たちの輪が広がっていく瞬間が実感できてとても嬉しかったです。
――読者といえば、SNSではアツい感想はもちろん、ファンアートや作中に登場するアイテムを実際に作ってみたなど熱量の高い投稿を多く見かけます。
坂月:読者さんからの考察やファンアートはもう本当に嬉しくって、お返しに私は命をかけて『星旅少年』を描かねばと思っています(笑)。それくらい嬉しい。
――作中で描かれるアイテムや食べ物は、まったくのフィクションではなく、実在するものと掛け合わせているからこそ、読者の創作意欲を一層駆り立てている気がします。
坂月:そうですね。作中に登場するアイテムはSF過ぎないように、あと改造したら自分でも作れそうなものであること……という点はかなり意識して描いていますね。どこか“馴染みがあるように”というのがポイントです。
きっかけはTwitterに流れてきた一枚の絵
――『星旅少年』は「パイ インターナショナル」にとって初となるマンガレーベル「パイコミックス」でのWeb連載作品ですが、坂月先生と斉藤さんお二人の出会いと連載するに至った経緯を教えてください。
坂月:まず、斉藤さんがTwitterで私の絵を見つけて下さったんです。
斉藤:何年か前の夏にこの絵がTwitterのタイムラインに流れてきたのですが、なんて涼やかで気持ちよさそうな絵なんだと。一目惚れでしたね。
斉藤:その後、坂月先生のTwitterを見ていたらちょうどコミティアに出展すると告知されていたので、実際に足を運んで同人誌を購入して読みました。そこで、やっぱり坂月先生の作品は素晴らしいなと……ぜひ商業化したいと思ってお声がけしたんです。
坂月:2019年頃かな? 斉藤さんが私に声をかけてくださった時、すでに同人誌で発表していたんです。でも、「まずは今までの作品をまとめて本にしませんか」というお話だったので、ちょうどその時に執筆していた小説をコミカライズして、それも掲載して良ければ是非とご相談したんですよ。
――そうして『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』が誕生したと。
坂月:『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』は2021年4月に発売されたのですが、その後は作品集の続編というか、本編という形で『星旅少年』を描きたいと思っていたんです。同人誌でやることも検討していたのですが、せっかくこうして作品集を作らせていただくご縁があったので、パイさんとまたご一緒できないかと斉藤さんに打ち明けたらご快諾下さったんです。
斉藤:一番最初にお声がけした時は、弊社もまだマンガレーベルを立ち上げるかどうかのタイミングだったので「ぜひうちで連載を!」と言えるほど体制が整っていなかったんです。一方で、坂月先生も同人誌で漫画を描くのか、他社に持ち込みするのかと迷われている状態だったので、まさかこうして連載までご一緒できるなんて思っていなかったです。『坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル』を経て、『星旅少年』の連載も弊社でやりたいと言ってくださった時は本当に嬉しかったですね。
「夜を描きたい」青の色使いに込められたストーリー
――坂月先生の作品といえば、なんといっても青を基調とした色使いが印象的です。いつ頃から青をメインにして創作活動をされているのでしょうか。
坂月:最初からですね。初めてのオリジナル創作が『不眠少年』なのですが、この時からずっと青を基調とした絵を描いています。青以外の絵は描いたことがないかもしれません。
ここには誰も居ない どこかに誰かがいる#不眠少年 pic.twitter.com/sygfsY1bIH
— 坂月さかな (@sakatsuki_fish) May 6, 2019
――青にこだわる理由を教えてください。
坂月:青が好きなのはもちろんですが、“夜を描きたい”という気持ちがずっとあるんです。やっぱり夜といえば青なんですよね。
――夜のどんなところに魅了されたのでしょうか?
坂月:私の一番好きな距離感を感じられるのが夜という時間帯なんです。実は、私は人付き合いがあまり得意じゃなくて、みんなで輪になってワイワイするのが苦手なタイプ。だけど人が嫌いなのではなく、むしろ人の気配がするのはすごく好き。ひとりぼっちの人が好き勝手に色々なところにいる、そういう距離感が好きなんです。
――実際に夜のどんなシーンでその距離感を感じますか?
坂月:例えば、夜に一人で窓の外を眺めていると、遠くの方で家の明かりがパッと灯った瞬間、そこに誰か人がいるんだってわかるじゃないですか。どんな人がいるのかまでは分からないし、その人と手を振って話をすることはないけれど、そこに人がいるのはわかる。あと、バイクや飛行機の音が聞こえてくる瞬間、交流はできなくてもそこに人がいるんだなって。周りから攻撃されることも、自分が相手を攻撃することもない……でも、ちゃんと存在するんだってわかる距離感が一番心地良いというか安心するんです。この距離感を漫画で描きたいなと思っているので、人がいっぱい集まっている集合絵って描いたことがないんですよね。これはイラストレーターの時からですが。
――距離感がまるで303そのものですね。303というキャラクターを作る上でも夜の影響を受けているのでしょうか。
坂月:すごい影響を受けていると思います。例えば、303って誰かとしっかりと向き合って共に歩いていくよりも、旅人としてふらっと現れてふらっとどこかに行く……そんなキャラですよね。夜のシーンでいうなら、窓を眺めていたらどこかの家の光を見つけたけどいつの間にか消えていて、眠ちゃったのかなぁみたいな。303はそういうつかず離れずの距離感を体現していると思いますし、私自身も意識して描いています。
――夜が作品の根底にあるということは、創作時間もやはり夜なのですか?
坂月:実は朝方なんです(笑)。夜9時に就寝、早朝3時に起床して描いています。3時が朝かどうかは微妙なラインですが、やっぱり寝ないと体調が持たないんですよね。一番元気な時に創作したいので、そう考えると夜の一番疲れている時間帯は私には向いてないなと。夜に寝ている分、夜への恋しさは作品に込めようと思いながら描いています。もしも夜に活動していたら、夜が好きというよりも日常になってしまうと思うんですよ。だから、ちょっと遠いくらいの方が憧れの気持ちで描けるんじゃないかと思います。