2095年の東京に新たな“眠り姫”が生まれるーー読者を不眠へと誘うおとぎ話『天使も怪物も眠る夜』

吉田篤弘が描く「未来のおとぎ話」

 もう一つ、童話の『眠り姫』にはない新たな要素といえるのが多彩な登場人物である。不眠の時代になって人気を得た、眠たくなるほど面白くない小説ばかり書く作家のマユズミ。無断で壁から剥がしたポスターを地下市場に横流しして日銭を稼ぐ、ポスター・ハンターのトオル。都内の動物園で頻発した動物失踪事件を担当する、特別調査機関「ガーデン」の調査員・五夜(ゴヤ)。廃線になった地下鉄の駅で演奏する、全員スキンヘッドのオーケストラを率いる音楽家のホシナ。不法投棄された電気製品を拾ってきてはジャンク品に改造して売りつけるコーヒー・バーの店主サルなど、シュウとナツメ以外にもさまざまな個性を持った人間が登場する。しかも彼らは単なる賑やかし役ではない。

 「螺旋プロジェクト」は8組の作家が原始から未来まで担当する時代をそれぞれ決められた後、全員一斉に書いている。そして、本書の主要な登場人物は『眠り姫』にまつわるそれぞれ異なるミッションを与えられて、もしくは自らに課して一斉に動き出している。どこか似たシチュエーションは、偶然の産物なのだろうか? 

 さらに螺旋プロジェクトの共通ルールとなる「海族と山族の対立」「共通のキャラクター」「共通シーンや象徴モチーフ」も、当然作中に隠されている。昨年11月刊行の文庫版に収録された作者あとがきでは、プロジェクトと作品の裏話が語られており、謎解き物語の側面もある本書の解説として読むこともできる。

 単なる姫と王子のラブロマンスとは一線を画す、このおとぎ話を読み始めたが最後、続きが気になって不眠の世界へと誘われてしまうだろう。

■書籍情報
『天使も怪物も眠る夜』(中公文庫)
吉田 篤弘 著
発売:2022年11月22日
価格:¥924
出版社:中央公論新社
螺旋プロジェクト 特設サイト:https://www.chuko.co.jp/special/rasen/

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