2095年の東京に新たな“眠り姫”が生まれるーー読者を不眠へと誘うおとぎ話『天使も怪物も眠る夜』

吉田篤弘が描く「未来のおとぎ話」

 伊坂幸太郎の呼びかけで始まった、歴史物語の競作企画「螺旋プロジェクト」。その最終パートとなる「未来」を描く本書『天使も怪物も眠る夜』は、2095年の東京を舞台にしたおとぎ話である。

 2071年、巨大な壁が出現する。地下化した山手線の跡地を利用して建設された厚さ約1メートル、高さ約6メートルの壁は北区から大田区まで伸び、東京を東西に二分した。政府からは壁を建設した明確な理由について、いつまで経ってもアナウンスがない。次第に不穏な空気と不安が蔓延し、都民は不眠症に悩まされるようになる。

 そこで急成長したのが、人々の睡眠を手助けする睡眠ビジネスだった。西側の睡眠コンサルタント大手「ドリーム8」に勤めているシュウは、ある日新しいプロジェクトを任される。いずれ不眠の時代が終わり、眠りの時代がやってくる。その時に備えてすみやかに目覚められる覚醒タブレット、通称「王子」を開発するというのが彼に与えられたミッションだった。

 一方、シュウの姉で探偵のナツメは、睡眠誘導サロンで施術を受けている時に「姫」と呼ばれる店員が行方不明になったことを知らされる。しかも「姫」が姿を消すことは、店の客が置いていった『眠り姫の寝台』という題名の本で予告されていたらしい。事件に興味を持ったナツメは誰に頼まれるでもなく、謎を解明すべく捜査を開始する。

 途中で何度も匂わされているが、本書はグリム童話『眠り姫』のストーリーを換骨奪胎している。新しいおとぎ話を生み出すためにそこへ加えられるのが、不眠と未来にまつわるユニークな設定と小道具だ。たとえば、「本」について。不眠の時代に面白い本は、睡眠の邪魔になるため発売が禁止されている。愛書家たちは面白い本を密輸して手に入れており、まるで違法薬物のような扱いなのである。

 未来の世界では、技術の進化も危険視されている。最新型のコンタクトレンズ「シープ」と「ディープ」は、偽の記憶を装着した人間の網膜に浸透させることで、実際に経験した事であると脳に信じ込ませて記憶を書き換えてしまう代物だ。倫理的に一線を越える恐れから研究開発が途中で禁止されたものの、何者かによってこのレンズで記憶を操作された人間が東京には少なからず存在するらしい。読者は登場人物のセリフや記憶がリアルなのか、もしフェイクなら誰に操られたのかなど想像を膨らませつつも、仮想現実の発達しすぎた未来で起こり得る戸惑いを体験することにもなる。

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