伊坂幸太郎が描く、時代を超えた対立の構造 作家8組が競演「螺旋プロジェクト」の試み

伊坂幸太郎、螺旋プロジェクトの挑戦

「昭和のバブル時代のころは、核兵器問題と嫁姑問題と、西武ライオンズが強すぎる問題の三大難問があって」

 世界の存亡がかかった大問題とご家庭内のいざこざと娯楽の一つであるプロ野球の話題を、同列に並べる強引さがおかしい。ここでニヤリと笑える人は、バブル景気の崩壊や米ソ冷戦の終結、工藤公康の福岡ダイエーホークス移籍より前の1980年代をある程度知っている人だろう。

 冒頭に掲げた一節は、今秋に文庫化された伊坂幸太郎『シーソーモンスター』(2019年)からの引用だ。同書には中編二作が収められている。表題作では、バブルの盛りだった昭和後期にかつて国の情報員だった宮子が、仲の悪い姑セツにある疑いを抱き真相を探る。その最中に妻と母の板挟みになっている直人は、仕事がらみで苦境に陥る。一方、2050年を舞台にしたもう一つの中編「スピンモンスター」では、デジタル化が進む未来に起きたアナログ回帰で手紙の配達人をしている水戸が事件に巻きこまれ、天敵である檜山に追跡されるのだ。

 先の三大難問に関する引用文は、「スピンモンスター」の未来において、「シーソーモンスター」の昭和末期を回想したセリフとして出てくる。日本の情報員は、アメリカとソ連という2つの大国が対立する世界情勢を理解したうえで活動しなければならなかった。夫=息子は、嫁と姑の対立が解消しえない家庭を持ちながら、なんとか会社の仕事をこなさなければいけなかった。「シーソーモンスター」は、世界の大状況と一家族の小状況を重ねてコミカルに描きつつ、緊張感が高まっていく。先の「核兵器問題と嫁姑問題」を並べた言葉は、昭和のそんな出来事を踏まえていた。

 それに対し、「スピンモンスター」では、二台の車が衝突した交通事故が、話の出発点となる。どちらの車も家族で乗っていたが、いずれも生き残ったのは小学生男子だけであり、それが水戸と檜山だった。強烈な体験を共有し同じ立場になった彼らは、誰よりも互いを理解しあえる幼なじみ的な関係になりえたかもしれないが、相性が悪く、絶対仲良くなれないのだった。そして、監視社会化が進んだ2050年の世界で水戸は同行者とともに逃げる側、檜山は捜査陣の一員として追う側になるのだ。

 二つの中編はいずれも、なぜそうなったかの理屈以前に、どうしても対立してしまう二人の関係を中心に書かれている。対立図式は、伊坂を含む作家8組が競演した「螺旋プロジェクト」の設定に基づいている。原始から未来までの歴史の物語を、設定やルールを共有したうえでそれぞれが時代を分担して創作するプロジェクトだ。雑誌「小説BOC」に各作家の作品が同時並行で連載された後、2019年春夏に順次書籍化された。それら8作品が今年10月以降に文庫化されたなかの1冊が、『シーソーモンスター』なのである。

「螺旋プロジェクト」の第一のルールは、海族と山族の対立を描くことであり、異なる時代を舞台にした作家間で一部のキャラクターやアイテムを共有したほか、共通する場面の執筆、対立に関する審判のような存在の登場といった約束事も設けられた。ただ、参加した作家8組のなかで伊坂は、他の作家と少し立場が異なっていた。もともと「螺旋」は、複数作家が異なる時代を舞台に小説を連載する「年表企画」として、編集部が提案したのだそうだ。それを受けて対立の構造が時代を超え続くという大きな枠組みを案出したのが伊坂であり、それに付随して共有されるべき要素は作家たちの合議によって決まったのだった。

 文庫巻頭のカラーページで解説されている通り、他の作家は一つの時代を担当している。天野純希は中世から近世までの極端に長い期間を受け持ったが、それでも一つながりだ。だが、伊坂だけは昭和後期と近未来の二つの時代を書いている(その間の平成パートは朝井リョウ)。対立構造がどのように時代を超えるか、プロジェクトを方向づけたものとして、二つの期間を担当して実践するような立場になったわけだ。

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