『同志少女よ、敵を撃て』セラフィマのイラストで注目 人気イラストレーター・雪下まゆが物語に与える力

雪下まゆ、イラストの力

 雪下まゆの名前を意識するようになったのはいつか。私の場合は、2019年2月に集英社から刊行された、福田和代の単行本『梟の一族』のカバー・イラストを見てからである。この作品は、現代を舞台にした忍者小説だ。主人公は高校一年生の榊史奈。滋賀県の山間の小さな集落で暮らしている。この集落、実は〈梟〉という忍者の一族であった。彼らは強靭な肉体と、睡眠を必要としない特異体質の持ち主であり、永年にわたり歴史の裏側で活動していた。そんな集落が、ある日、襲撃を受ける。ひとり逃がされた史奈は、曲折を経て東京に出ると、事件の真相を追うのだった。

福田和代『梟の一族』(集英社)

 という粗筋を見ると、少女忍者のアクション物のようだが、作品の肌触りはちょっと違う。史奈は田舎育ちの世間知らずであり、東京ではとまどうばかりだ。もちろんラストにはバトルが控えているが、忍者の力ですべてが解決することはない。現代に生きる忍者をリアルに表現しながら、特異な少女の成長譚としたところに、本書の面白さがあった。

 こうした内容を踏まえてカバー・イラストを見てみたい。表紙に黒髪の少女の顔が大きく描かれている。主人公の史奈だ。真っすぐな眼差しと引き締まった唇が、彼女の意思の強さを感じさせる。しかしこのイラストの良さは、それだけではない。実は、表紙・背表紙・裏表紙を合わせて、一枚の絵になっているのだ。カバーを広げてみると、史奈の着ている黒いセーターらしき服の部分が、まるで梟の胴体のように見える。現代を生きる人間でありながら、〈梟〉の一族でもある史奈の立場を、巧みに表現しているのだ。おお、これはいいイラストだと思い、雪下まゆの名前が、深く心に刻み込まれたのである。

 その後も、辻村深月の『傲慢と善良』や、乾ルカの『コイコワレ』など、雪下まゆがカバー・イラストを担当した作品と出会うことが続く。質感のあるイラストが、歯ごたえのある物語の内容とマッチしていた。そして2021年、ふたつの作品のカバー・イラストによって、さらに大きく注目されることになったのだ。

浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』(角川書店)

 ひとつは、浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』だ。成長著しいIT企業「スピラリンクス」の最終選考に残った六人の就活生。しかし最終選考の方法は、六人のディスカッションであった。結果次第では全員に内定が出ると聞かされ、最高のチームを作り上げようとする六人。だが突然、採用されるのはひとりだけとの連絡がくる。そして迎えた最終選考当日、ディスカッションが進む部屋で、六通の封筒が発見される。そこには六人それぞれの罪を告発する文章と証拠が入っていた。これによりディスカッションは、思いもよらない方向に捻じれていくのであった。

 物語は、最終選考に至る過程と当日の騒動を描いた前半と、その八年後を舞台にした後半の二部構成になっている。ミステリーなので詳しく書かないが、仕掛けの多い話であり、意外な展開に翻弄された。また、就活が内包する本質的な問題も炙り出されており、読みごたえは抜群だ。イヤミスのような空気を漂わせながら、ラストを爽やかにまとめた、作者のセンスも称揚したい。

 で、カバー・イラストである。これも表紙・背表紙・裏表紙を合わせて、一枚の絵になっている。描かれているのは、六人の就活生。興味深いのは、六人の目線が、まったくぶつからない点だ。同じ場所にいながら、目線ひとつ合わない。最終選考のギスキズ感や、その後のバラバラな人生が伝わってくるイラストなのである。やはり、雪下まゆは巧い。

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