原田ひ香が描く、神保町の味わい深い魅力 古書×グルメ×人間ドラマ『古本食堂』がおもしろい
東京の神田神保町は、世界有数の古書店街として知られている。また、レストランから大衆食堂まで、多数の飲食店がある。グルメ番組でよく取り上げられるので、そちら方面でご存じの人もいるだろう。そんな神保町の、古書と食の両方を楽しめる小説が上梓された。原田ひ香の『古本食堂』である。
物語の主人公は、ふたりいる。ひとりは珊瑚。兄の滋郎が独身のまま急逝し、彼が営んでいた「鷹島古書店」を継ぐために、北海道から東京にやってきた。ただし長年暮らしていた北海道を後にしたのは、なにやら訳があるらしい。もうひとりは、滋郎や珊瑚の親戚の美希喜。古書店の近くにある大学の国文科の院生だ。滋郎の遺産のことを気にする母親の命もあり、珊瑚が古書店を引き継いでから、店でバイトをするようになった。ふたりとも本好きだが、古書については詳しくない。それでも古書店を中心に、人の輪が広がっていく。
ちなみに滋郎の遺産とは、古書店を開いていたビルのこと。三階建てで、一階が「鷹島古書店」、二・三階は翻訳中心の出版社「辻堂出版」に貸している。神保町にあるビルといえば一財産。美希喜の母親が気にするのも当然だろう。とはいえ母親も悪い人ではなく、無理やりビルを手に入れようとか考えているわけではない。
本好きには古書好きも多く、したがって古書店を舞台にしたり古書を題材にした小説が少なくない。大ヒットした三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』も、そのひとつといえるだろう。こうした作品は古書に関するマニアックなネタが、読みどころのひとつになりがちである。だが本書は、ちょっと違う。古書店を舞台にしているが、それほどマニアックな方向に行かないのだ。
なにしろ取り上げられているのが、小林カツ代の『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』、本多勝一の『極限の民族』、橋口譲二の『十七歳の地図』といった具合である。小説も出てくるが、珍本や稀覯本ではない。それでも、均一本で丸谷才一とアガサ・クリスティが並んでいるのを見て、「でもきっと、丸谷才一先生はクリスティの隣にいることはそう嫌がらないだろう、と思えることだけが救いだった」という、本好きをニコニコさせる文章も随所にある。いうまでもなく作者は、丸谷が大のミステリー・ファンであったことを踏まえて、こう書いているのだ。あまり古書や作家の知識がなくても問題ないが、知っていればもっと楽しめる。このバランス感覚が素晴らしいのである。
さらに「ボンディ」のビーフカレー、「揚子江菜館」の上海式肉焼きそばなど、神保町の絶品グルメがストーリーを彩る。珊瑚や美希喜の食事も、読みどころとなっているのだ。店名が出てこないこともあるが、神保町に馴染みのある人ならば〝白いビーフストロガノフにも惹かれたが、「世界一美味しい豚肉料理グリヤーシ」という料理に目が吸い寄せられた〟という文章を読んだだけで、どこの店か分かるだろう。