【今月の一冊】直木賞受賞作からノンフィクション超大作まで、各出版社の「年間ベスト作品」を紹介
『テスカトリポカ』佐藤究(KADOKAWA)
『テスカトリポカ』は、調査から執筆まで3年余りを費やして書き上げたというクライムノベルの一大巨篇だ。メキシコ、ジャカルタ、そして川崎を舞台に、血塗られたアステカ神話が暗黒の資本主義を加速させるーー。
メキシコの町から川崎に逃れてきたルシアは、暴力団員の土方興三との間に息子のコシモを産む。両親に愛されずに育ち、日本の学校にも馴染めなかったコシモは、物を盗み、自分で茹でた鶏肉を食らい、公園でひとり彫刻に向き合う日々を過ごす。少年はあまりにも無垢だったが、しかしその肉体には恐るべき力を秘めていた。とある事件を起こして少年院へと入ったコシモは、出院後に雇われた工房でバルミロ・カサソラというメキシコ人と出会う。このバルミロこそ、かつてカルテルに君臨した麻薬密売一族の生き残りだった。やがてコシモは、バルミロが元医師の日本人・末永とともにはじめた国際的な臓器売買ビジネスに関わるようになり……。
東京から多摩川を越えてすぐの川崎という街を、世界を巻き込んだ新たな凶悪犯罪の中心地とする大胆な発想に説得力を与えているのは、著者の徹底的な調査の賜物である細部の描写だ。ずしりとした重みが伝わるナイフや銃、オイルと錆の匂いがするスクラップ場、悪党たちの眼差しと凄惨な暴力。リアリティの積み重ねによって、日本でも弩級のスケールでクライムノベルを描くことができることを証明した作品として、本作は今後のさまざまなエンターテインメントにも影響を与えるだろう。装丁家・川名潤によるデザインも秀逸で、作品世界への没入度を高めている点も評価したい。(松田広宣)