【再掲載】医療ファンタジーの傑作『竜の医師団』庵野ゆき × 岩本ゼロゴ 鼎談「リアリティのある描写があるからこそ、この小説は凄みを増す」

庵野ゆきによる医療ファンタジー小説『竜の医師団』(東京創元社)の5巻が、2026年5月21日に発売された。庵野ゆきは、徳島県生まれのフォトグラファーと、愛知県生まれの医師の共同ペンネームで、2019年『水使いの森』(応募時のタイトルは『門のある島』)で第4回創元ファンタジイ新人賞優秀賞を受賞してデビュー。2024年よりスタートした「竜の医師団」シリーズは、その壮大な竜の描写と医療ドラマとしてのリアリティが話題となり、瞬く間に人気作となった。2026年6月18日には、早くも6巻の発売も決定している。
リアルサウンド ブックでは、同作の新刊が刊行されることを受けて、2025年6月26日に発表された、著者の庵野ゆきと、シリーズの装丁画を手がけるイラストレーター・岩本ゼロゴによる鼎談を再掲載する。

アイディアを出し合って、気づけばブラッシュアップされている

庵野:便宜的に、医師の私を庵野、もう一人のフォトグラファーをゆきと呼びますが、ゆきのほうから「医療小説を書いてみないか」と言われたんですよ。
ゆき:日頃、彼女から聞く仕事の小ネタがおもしろかったので、膨らませたら小説になるんじゃないかという軽い気持ちだったのですが、激しく抵抗されまして。
庵野:医療小説を読んだりドラマを観たりすることに抵抗はないのですが、いざ自分が書くとなると、どうしても経験をもとにすることになり、実際に関わった患者さんたちのプライバシーや内面の葛藤を思うと、なかなか難しいなと思ったんですよね。でも、ゆきから「だったら竜のお医者さんにしようよ」と食い下がられて、それならいけるかも、と。
ゆき:私としては、特に竜にこだわったわけではなく、例えばくらいの軽い気持ちで提案したつもりだったのですが、思いのほか竜が庵野に刺さったんです(笑)。
庵野:私のなかで竜というのは、人間よりもはるかに長い、永遠に近い時を生きる高位の存在。そんな彼らを生かすための物語なら、より純粋に、医療者の葛藤に焦点を当てて描けるのではないかと思ったんですよね。神話などで、竜は自然現象と重ねて描かれることが多いので、調子のいいときは人間に恵みがもたらされるけど、逆に病気になったり、具合が悪くなれば災害が起きるということにすれば、竜を治療するために人間が医師団を結成する動機にもなりうるとも。
ゆき:そういえば「竜巻」っていうよなあ、と思いついたときに、うまく世界観を構築できるような気がしましたね。竜のからだが山ほど大きいのだとしたら、体内にアプローチすることもできるだろうし、おもしろそうだと、話し合っているうちにどんどん素地ができあがっていきました。基本的に私たちは、ブレストというのでしょうか、ちょっとしたネタも思いついたら相手に投げて、戻ってきたことをさらに投げ返して、話しながらどんどん膨らませていくんです。
庵野:矛盾を突っ込み合って、だったらこれはどうかとアイディアを出し合って、気づけばブラッシュアップされている。もはや、どちらが先に思いついたのか覚えていないネタがたくさんあります。
竜のスケール感を想像するのが楽しかった

岩本ゼロゴ(以下、岩本):竜のスケール感を想像するのが楽しかったですね。どう表現しようか悩むところでもありましたが、主人公のリョウとともに医師団に入るレオニートのコンビが魅力的で。とくにレオニートは名家の生まれでイケメンなのに、そのスペックの高さが逆にギャグみたいになっていくし、迫害されて生きてきたリョウがちょっと冷静につっこむ感じとの対比を、毎回おもしろく読ませていただいています。
庵野:お互いに初対面の印象が悪く、犬猿の仲だったのが、だんだん仲良くなっていく……という王道のパターンを書くつもりで対比的なキャラを生んだつもりが、最初から仲良くなってしまったんです。
ゆき:レオはそういうキャラじゃない、と途中で気がついたん。でもそれが、いい方向に働いたよね。
庵野:レオは、育ちの良さがそのまま魂の清らかさに繋がっているタイプ。対してリョウは、コンプレックスの塊みたいな少年かと思っていたけど、うじうじして足を止めていたら生き延びることのできない環境にいたから、とりあえずフットワーク軽く動き出すし、意外とさっぱりした性格をしていた。そんな二人だから喧嘩になることもなかったんですよね。キャラクターも、だいたいのイメージを二人でふくらませて、どういう筋立てにするかは私が設定することが多いんですけど、心情をゆきに肉付けしてもらううちに、当初の予定とは全然違うものになっていることが多いです。
岩本:リョウの出自であるヤポネや、〈赤ノ人〉〈真珠ノ民〉など、いろんな民族がいりまじっているのも興味深いです。キャラクターのイラストを描くときは、その背景をふまえて、顔立ちや服装の装飾に差異が生まれるようにしました。
庵野:服装の描写なんてほとんどないのに、よくぞここまでイメージどおりのものを描いてくださった、と感服しております。
ゆき:最初に2巻までの物語を書いて、ゼロゴさんにイラストをつけていただいたから、3巻以降は完全にゼロゴさんの描いてくださったイメージで、私たちも物語を構築しています。
岩本:この民はこういう文化で、こういう国のイメージ、というのをお二人が最初からお持ちでしたし、設定資料も貸していただけたおかげだと思います。
庵野:それぞれの性格もしっかりとらえたビジュアルにしてくださっていますよね。たとえば竜血管内科長・ニーナ。せっかくシンプルな服を着ているのに、よけいなものでゴテゴテと装飾しているのが、いかにも彼女らしい。
ゆき:竜の描写もさほど多くはないのに、毎回想像を超える絵を描いてくださるので、感動しています。
病気の人でも読めるような小説にしたい

ゆき:「こういう物語を書きたいんだけど、それに当てはまる病気はある?」って私が聞くところから始まりますね。それもやっぱり、ブレストするうちに変わってくるんですけど。最初に登場するディドウスという最高齢の竜は、想定と真逆の結末を迎えました。
庵野:なんとなく、老いた竜が生まれない卵をずっと抱えてあたためている、というイメージから始まった気がしますね。それが結果的に3巻にもつながっていった。病に関しては、災害と病気をセットにするという出発点があるので、なんとなく使えそうなものをストックしていますけど、ゆきのアイディアが想像もつかない方向から飛んでくることがあるので、けっこう困ってます(笑)。
ゆき:困らせています(笑)。3巻だったら「竜の口のなかを飛行機で飛びたいんだけど、どうしたらいい?」というところが起点だったかな。
――竜を通じてだからこそ描ける医療の本質、みたいなものはありますか?
庵野:医療者の立場からすると、どんな患者も救うことのできるスーパーマンでありたいという気持ちがどうしたって生まれるんですけれど、現実には知識が足りていなかったり、最高の環境を用意すれば治療することもできるけれど、その患者さんが置かれた環境では難しい、という物理的あるいは社会構造的な障壁というのが存在します。その不平等と理不尽をどうにか解消しようと医療者側は手を尽くしますが、どうしても力の及ばない限界があるということを、人間そのものの限界として描きやすいということはあると思います。
――優生思想や安楽死・尊厳死といった、人間社会でも議論の必要なテーマが描かれていくのも、その一環でしょうか。
庵野:そうですね。リョウたち医療団の人々は竜を治すことに尽力しますが、一般的に竜とは人間に害を及ぼす存在として討伐されたり、場合によっては家畜化されたりする存在だと考えると、人間の都合で安易に処分されてしまうおそろしい一面がどうしたって浮かび上がってくるんですよね。だとすれば、この物語を描くうえで優生思想も安楽死も、テーマとしては避けられないと思いました。たとえばナチス政権下で、優生思想が生まれた経緯をかえりみると、決して過去の話ではなく、ネットの議論を見れば同様の欲求を抱えている人たちは少なからずいる。医療者ですら無意識に抱えている安直なその欲求を、やはり直視しないわけにはいかないよなあ、と。私も書きながら、本音を突き詰めていくとこういう思想も出てくるよね、という現実と、それではいけないのだという想いとの狭間で揺れながら、改めて学び直しているところでもあります。
ゆき:そのテーマがあまりに前面に出すぎると、小説としてのおもしろさが損なわれてしまうので、そういうときは私がばっさりカットしています。描く必要のあるテーマではあるけれど、そのテーマを読者に押し付けるのはちがう。そもそも、そういう重たい感情はみなさん、リアルで十分すぎるほど抱えているし、物語を読むあいだだけは、現実を忘れて楽しんでほしいという気持ちもあるので。
庵野:いいかげんにテーマを扱うことはせず、でも、エンタメとしてのリーダビリティを守る。そのバランスを守ってもらっています。しんどくても、病気の人でも読めるような小説にしたいって言っていたよね。
ゆき:そうですね。どうしても医療の描写については庵野にまかせきりになってしまうからこそ、一読者としてのまなざしは、私が担保しておきたいと思っています。完全に私の主観ではあるんですけれど、「その部分は読者にゆだねてほしい」と感じるところは、ばっさり切っちゃう。
庵野:数ページ単位で削られると腹が立つこともあるんですけど(笑)、でも読み返してみると確かに、ゆきの残した2~3行に私の書きたかったものが濃縮されていて、かつ余韻も生んでいるんですよね。だらだら書いたからといって伝わるわけじゃないから、エッセンスだけ出せという意味なんだろうと思うんですけど。
ゆき:優生思想のくだりは、泣きながら書き直していたね。
庵野:「どうしてほしいんだよ!」と、最後はブチ切れて修羅場でしたね(笑)。だって、一生懸命調べて書いたものが一瞬で消されて戻ってくるんだもの……。でも、その作業は一人ではできないことだし、ゆきと一緒だからこそ、小説としてのクオリティをあげながらテーマをしっかりしのばせる、ということができているのだと思います。
岩本:竜が登場する世界観なら当然、そういう問題も発生するよね、医療がこれほど発達するならそのテーマには向き合わざるを得ないよね、というリアリティのある描写があるからこそ、この小説は凄みを増すのだと思います。かつ、今のお話にあったように、お勉強になりすぎないというか、物語としてシンプルに楽しみながらそれを感じさせてくれる構造になっているところがすごいな、と思っていたので、今のお話を聞いて、納得しました。
『動物のお医者さん』を何度も読んで、体に染みついている

ゆき:大学時代、ドラマを脚本に落とし込むということをしていたのですが、少しは生きているのかもしれません。もともと、庵野が小説を書き始めたときに、一人では難しいところを「こうしてみたら?」とかやっているうち、いつのまにか今に至るという感じだから、庵野が書いたものを補足して、やりとりするうちに完成させるというスタイルが自然なんですよね。
岩本:あと、読んでいると描写がすばらしいんですよね。風景はもちろんなのですが、たとえばニーナの手のひらが白いとか、人のちょっとした特徴も、質感とともに伝わってくる。竜のうろこが家具に使われていたり、死後は脂が燃料になったり、骨まで利用されていたり、文化的な背景が描かれるところも、すごくいいなと思います。自然と生活が一体化している世界観が、作品全体から伝わってきます。
――だからでしょうか。岩本さんの描かれる表紙は、竜単体を描かれているというより、その奥行きも想像させられるような躍動感がありますよね。
庵野:そうなんです! ドラゴンの顔つきで性格が伝わってくるのも、素晴らしい。
ゆき:ディドウスはすっとぼけたおじいちゃん、アルワンはイケメンという感じで。
岩本:表情筋が少しはあるということだったので……。ちょっとした性格が表情に出る陽には意識しています。あと、あまりにファンタジー感の強い竜にならないようにはしていて。この重量ならばどういう骨格で、どういう大きさなのかなど、リアリティのある生き物として描けたらいいな、と。竜の背景には地図を敷いているんですけど、その縮尺で、竜の大きさもわかるようにしています。
庵野:ありがたいです。
――どんな作品に影響を受けたんですか?
庵野:私、子どもの頃から『動物のお医者さん』を何度も読んで、体に染みついているんですよ。名医なのに変人すぎてそうは見えないというニーナさんのキャラクター造形も、完全に影響を受けている。
岩本:私も大好きでした。
庵野:他にもたくさんありますけど……上橋菜穂子さんの『獣の奏者』は、私もゆきもやっぱり好きですね。私個人としては、動物ものだとジャック・ロンドンの『白い牙』や斎藤惇夫の『冒険者たち』は何度も読みました。あと北杜夫の小説や、高村薫の『李歐』も学生時代、好きだったなあ。
ゆき:実をいうと、私たちはそんなに読書家ではないんですよね。小説を書くにはたくさん読むことをが必要と言われるけど、どちらかというと庵野は、『ダーウィンが来た』『ワイルドライフ』といった自然系のドキュメンタリーが好きだし。小説を書くうえでは、そちらのほうが役に立っている気がする。
庵野:ゆきは、マンガや映画、テレビドラマを総ざらいって感じだよね。
ゆき:でも、この作品が好きでたまらないというのはあんまりなくて、内容もけっこう忘れてしまう。それよりも、断片的な映像が印象に残るんですよ。あのシーン、あの情景がとてもよかったなあ、ということばかりを覚えていて、結末はほとんど記憶にない(笑)。
庵野:それこそ、写真を撮るみたいに、シーンを切り取っているんでしょうね。
――「口のなかを飛びたい」というのもそうですが、小説も「こういうシーンを描きたい」から始まっていらっしゃいますもんね。
ゆき:ビジュアルが浮かぶことの方が多いですね。1巻も、ディドウスがたくさんの竜を従えて空いっぱい飛んでる姿をイメージしたところから始まりました。岩本さんのイラストは、そのイメージを毎回超えてくださるので、本当にありがたいです。
岩本:そう言っていただけるとホッとします。
庵野:もっとイラストを見たいですし(笑)、これからもシリーズを続けていけたらいいなと思っています。





























