小川哲『君のクイズ』は何が面白いのか? 「ゼロ文字正答」巡るミステリが辿り着く、人生の深部

5月15日より公開された映画『君のクイズ』の小川哲による同名原作は、長い小説ではない。だが、主人公・三島玲央があるクイズを解くと宣言して展開される物語であることを考えると、クイズのQに対するAとしては、長い、ということになる。
『Q-1グランプリ』という生放送のクイズ番組の決勝戦。2人の出場者のポイントが並び、優勝が決定する13問目で本庄絆は、アナウンサーが「問題――」といった段階でボタンを早押しした。問題自体は1文字も読まれていない。それでも彼は、回答する。
「ママ.クリーニング小野寺よ」
「ピンポン」と正解の音が鳴る。本庄が勝ったのだ。
クイズ番組のほかの出場者はヤラセだと憤り、決勝戦で敗れた三島も最初はそう考える。だが、自分が直接対決した相手が本当に不正を働いていたのか、「ゼロ文字正答」はなぜ可能になったのか。割り切れない思いの三島は、「Q.なぜ本庄絆は第一回『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」というクイズを解く決心をする。
三島は決勝戦の13問の対決がどのように行われたのか、細かくふり返る。『Q-1グランプリ』は「先に七問正解した方が勝者となり、三回誤答した場合は失格となる」7○3×の早押し形式でトーナメント戦が行われた。クイズとしてはストイックなルールであり、生放送であることを含め、スポーツ的な競技性を強調した番組だ。中学生の頃からクイズ研究部に所属して社会人になった今までずっとクイズプレイヤーとして研鑽を積んできた三島に対し、東大医学部四年生の本庄はクイズ歴が浅かった。だが、本庄は「世界を頭の中に保存した男」の異名を持つほど暗記力に長けていた。
とはいえ、クイズは、知識があれば勝てるというものでもない。問題文には途中で「~ですが」と入るパターンがあり、なにについて答えるべきかが決まる「確定ポイント」がある。うかつに「~ですが」の前で答えれば、問いに対して見当はずれなものになってしまう。そうかといって、ポイントが示されてから回答ボタンを押すのでは遅く、いかに先回りするか、時には賭けに出ることが勝負の鍵になる。いったいどこまで先回りは可能なのか。『君のクイズ』は、この謎を魅力的に書いたミステリ小説になっている。
かつて、昭和のスポーツ・ノンフィクションの傑作に山際淳司「江夏の21球」があった。1979年のプロ野球日本シリーズ第7戦で、リリーフピッチャーとして江夏豊が9回裏に投じた21球を詳細に追った内容だ。江夏は、自身で招いたピンチを、後続打者を押さえることで打開した。その過程を投手と打者の駆け引きだけでなく、走者、守備陣、両軍ベンチの動きなども追いつつ、全体の因果関係を掘り起こしていくのが興味深かった。
『君のクイズ』の『Q-1グランプリ』決勝戦のふり返りには、その種のスポーツ・ノンフィクションに通じる面白さがある。三島は、本庄との早押しの駆け引きだけでなく、MCのお笑い芸人と女優の反応、野球のベンチに相当する番組プロデューサーの存在、ほかの出場者の決勝戦に対する感想まで含めて、冷静に再検討していく。
三島は、「ゼロ文字正答」の謎を追い始めて間もなく、当たり前の前提に気づく。クイズに正解できるのは、その答えに関する経験があったからであり、直接経験していなくてもそれを知る経験はあったということを思うのだ。三島は「クイズに答えているとき、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある」という。
それでは、「世界を頭の中に保存した男」と称される本庄は、世界とどのようにかかわっているのか。三島は本庄のこれまでに関する情報を集め、彼の弟にも本庄のことを聞く。それに伴い、決勝戦の問題を反芻することが、自分の経験を思い返すだけでなく、本庄の経験をたどることにもつながっていく。
この小説は、三島の「僕」の一人称で語られる一方で『君のクイズ』と題されている。それは、「僕」=三島にとってのクイズと「君」=本庄にとってのクイズがいかに違うか、その断絶を知る物語だ。同時に「僕」が「君にとってクイズとはなにか」と自分自身に問う物語でもある。
クイズは世界のすべてを対象としているため、世界が変化すればクイズも変化するのだという。主人公が競技クイズのテクニックについて考えることは、人間が自分のいる世界をどのように知り、どのような経験をしてきたかを考えることにもなる。クイズというゲームであり娯楽であるものを追いかけて、クイズの回答にしては長い思考を通りぬけ、予想外に人生の深い部分、恐い部分に出くわしてしまう。そんな感触の小説だ。
























