「オール讀物」編集長・川田未穂が語る、体育会系編集者の仕事術 「文芸編集者は作家にとってのコーチ」
昔からの伝統を一番受け継いでいる小説誌
――2021年で創刊90周年を迎えた「オール讀物」の特徴とは。
川田:昔からの伝統を一番受け継いでいる小説誌。池波正太郎さんの没後30年の鬼平特集とか、2021年8月号の向田邦子さん没後40年とかきちんと作っていますし、小説の王道らしい企画を立てています。あと、読切での作品掲載を大事にしています。雑誌だけで読み切れたほうが読者の満足度も高いし、ゆくゆくは短編集として、あるいは最近は文庫のオリジナルアンソロジーも好評でロングセラーになっています。
――左右の頁が折りたたまれた目次の観音開きも伝統ですね。
川田:右肩に特集、真ん中にもう1つ目立つもの、左側に第二特集を置くんです。「オール讀物」に異動後、2年間だけ書籍出版へ移った時にどうすれば本が売れるか、すごく考えました。東野圭吾さん、宮部みゆきさん、池井戸潤さんのような売れっ子作家の本を出せる方が出版社は安心でしょうが、新人を育てて先々の鉱脈を耕していかなければいけない。自分が初めて新人の単行本を担当したのは直木賞候補になった木下昌輝さんの『宇喜多の捨て嫁』で、プロモーションはとても考えました。書店員さんのコメントをオンラインに上げたり、今では普通のこともまだ試行錯誤段階だったので。
――川田さんが編集長になったのは……。
川田:2020年9月です。「オール讀物」に長くいるからもう編集長になるしかない(笑)。当社は最近は少し変わってきましたが、そんなに長くひとりが編集長をやるべきでもないという考えで、3年くらいが普通です。野球だってずっと同じ監督では駄目でしょう。大沼貴之前編集長が年12冊刊行から10冊に変更しある程度整理された雑誌を受け継いだのでリニューアルは考えませんでした。
「オール讀物」の小説は単行本になるのは当たり前ですが、文庫にして何十年も読み継がれるものであってほしい。ノンフィクションは今売れても、例えば小池都知事の話が3年後に文庫になり5年後読まれるかとなると難しい。それに対し、文春文庫の夢枕獏さんの『陰陽師』シリーズは35周年で今も読まれている。そういう本を作るのが「オール讀物」の使命で、さらに新しいものが必要です。例えば、2012年から出ている阿部知里さんの八咫烏シリーズは「オール讀物」に外伝が掲載され、累計170万部で中国やロシアでも翻訳されています。
実は私が「オール讀物」に初めてきた時は、雑誌としてはもっとずっと安泰だと思っていたんです。山本兼一さん、葉室麟さん、火坂雅志さん、宇佐江真理さん、杉本章子さんら時代小説の素晴らしい書き手がいっぱいいて、皆さまから毎月目玉になるような読切作品をいただいていました。切磋琢磨し長年お互いを伸ばしあってこられたのだと思いますが、60歳くらいで相次いであまりに早く亡くなられてしまいました。時代小説の下の世代には、直木賞を受賞した澤田瞳子さん、川越宗一さん、さらに木下昌輝さんや今村翔吾さんにも勢いがありますが、間の層が少ない。ミステリーや純文学では5歳違いくらいで有力な方がいるのに層が薄くなっている。そこを強化したいということはずっと考えていました。
――それで従来のオール讀物新人賞を、今年募集の第101回からオール讀物歴史時代小説新人賞へとジャンルを特化してリニューアルしたわけですか。
川田:100枚くらいで自由に現代小説をというと、町田そのこさん、窪美澄さんを輩出した女による女のためのR18-文学賞に持っていかれたりする。ミステリーにはミステリーの賞がある。とはいえ、松本清張賞もありますのでミステリーだけでなく、編集部では現代小説の公募作品も十分に読むことができる。歴史時代小説に関しては他に長編の賞はありますけど、今度の賞では短編を募集し、『しゃばけ』シリーズの畠中恵さんにも選考委員になってもらい架空設定もOKとして間口を広げた。こういうことは編集長が交代した時しかできないし、失敗したら私が間違っていたということで次の編集長がまた変えればいい。応募をウェブ限定にしたことに歳とった方を切り捨てかとご批判もあります。でも、ライターも作家も、メールやワープロができてPDFで校閲できなかったら困るでしょう。手書きの先生はいらっしゃいますが、その方々には業務用FAXを設置してB4でゲラを何百枚と送れる環境があります。でも、新人でそこまで用意できないでしょうから、プロになりたければ最低限の技術はあったほうがいいと心を鬼にして踏み切りました。下読みの方にも紙はもう送りません。紙と郵送のコストカット、時間的な短縮にもなりますし。私も本当なら紙で読みたいですけど、紙じゃないもので読むのが当たり前になる時代がくるかもしれないので、少しずつ慣れるしかない。
――オンラインでいろいろイベントをやられていますよね。
川田:オール讀物新人賞を変えるにあたり選考委員の方々を講師に招いて、歴史時代小説講座(https://books.bunshun.jp/articles/-/6156)を催しました。文芸部署でウェビナーのアカウントをとって課金システムにも果敢に挑み……あちこちに色々と聞きまくりながら、編集部の自前でやっています。雑誌の特集をオリジナル電子書籍にすることも試みています。さらに、直木賞候補作を高校生たちが読んで作品を選ぶ「高校生直木賞」(http://koukouseinaoki.com/)を文藝春秋後援で行っていますが、それに関連した読書会を高校生の参加無料で開いています。自転車は何年も乗っていなくても乗れるでしょう。同じく中学、高校で小説をたくさん読めば、社会人になっても小説へ戻ってくれるんじゃないかと期待しています。
――高校生直木賞は投票だけするのではなくディスカッションするんですよね。
川田:8回やって高校生たちが真摯に議論する姿が知られるようになってきたので、続けることは大事と感じています。ユニークな意見も出るのでみなさんに見てほしい。
――「オール讀物」は以前から本屋が選ぶ「時代小説大賞」を催してきましたが、加えて本屋が選ぶ大人の「恋愛小説大賞」(https://books.bunshun.jp/articles/-/6770)を創設した背景とは。
川田:本屋が選ぶ「時代小説大賞」については、昨年から書店の店頭フェアだけでなく歴代受賞作に関する小冊子を全国約50カ所の図書館に置いてもらっています。千代田区図書館で「オール讀物」90周年展覧会をやったりもして、図書館で読まれるのはどうかとの意見はありますが、まず小説を好きになってほしい。そういうことを積み上げてきて、ふと思ったのがミステリー、時代小説、SFとジャンルがあるなかで恋愛小説ってのもあったぞと。テレビドラマも映画も恋愛に満ち満ちているのに、恋愛小説が人の口にあまり上らないのはなぜだろう。エンタメ小説誌では昔から官能小説が重要ジャンルでしたが、今は読者の女性比率が高いし、恋愛小説のほうが興味があるのではないか。いい作品を探してこれが面白いという機会を作りたい。それが、本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞です。
――文藝春秋はエンタメ小説系で「別冊文藝春秋」を電子小説誌として発行していますが。
川田:「オール讀物」との棲み分けはあって「別冊文藝春秋」は長編がメイン。さらにいうと、これから直木賞を目指す方や、直木賞にはちょっとそぐわないけど意欲的なチャレンジという小説もありますので、そういったものを掲載しています。