『アニメと声優のメディア史』石田美紀に訊く、女性声優が少年を演じることの意味 「ひとつの文化を形成している」

女性声優が少年を演じる日本独自の“文化”

見落とされてしまう文化を発信する

石田美紀氏
zoomでインタビューに応える石田美紀氏

――第4章には、新潟大学にあるアニメ・アーカイブ研究センター所蔵の、『母をたずねて三千里』アフレコ台本の考察があります。このアーカイブについて教えてください。

石田:長らくアニメ業界で演出家として活躍された渡部英雄さんが、ご所蔵のアニメ中間素材(絵コンテや設定などの制作過程で生まれる素材の総称)の保管場所を探していらしゃったところ、ご縁があって新潟大学が手を挙げ、その保存と管理を一任されました。大学でこうした資料を所蔵するのは珍しく、少なくとも国立大学では例がないと思います。ものすごい量があるので、今もみなで資料を整理しながら、アーカイブを構築しています。このアーカイブがアニメ文化の保存と研究の一助になれるように、センターのスタッフ一同頑張っています。

 資料は作画関係のものが多いのだろうと思っていたら、音声収録の現場で使われていたものも見つかりました。そのうちの一つに『母を訪ねて三千里』の脚本とアフレコ台本があり、本書で分析しました。

――ここは声優の声の演技と視覚的要素の同期という、重要な論点を掘り下げた箇所です。

石田:一般的な日本のアニメの制作現場では、声優には演技だけでなく、映像との同期も求められます。そうした同期のポイントを、アフレコ 台本に記された読点や三点リーダーから見ていきました。もっとも、声優が映像に合わせて演技することをめぐっては、60年代に俳優間で「アテレコ論争」が起きました。

――洋画の吹き替えなどでは声優が声を合わせるためだけの操り人形になっている等の主張が掲げられ、俳優から声優という仕事への反発が起きた論争ですね。

石田:これに対して、『母をたずねて三千里』でペッピーノ役を演じた永井一郎さんが、1981年に同論争をふまえて声優の演技の特質を論じ、声優という職業を肯定する主張をされました。それは歴史的に重要なことですし、永井さんのお仕事を改めて論じることが必要だと考えて取り組んだ箇所です。

――最初のご著書『密やかな教育 <やおい・ボーイズラブ前史>』から一貫して、石田さんは今の私たちが当たり前に受け止めている文化が誕生した背景やプロセスを問い直されています。

石田:当たり前になっている事が、なぜ当たり前になったのかという過程に、興味をもっています。女性声優が少年役を演じてきたことは、声優への関心が高まっていくなかでも、当たり前のこととしてスルーされているように感じていました。少年子役は声変わりを迎える、男性声優が少年役を演じるのは声質上難しいなど、ごく簡単な事実確認だけで、女性声優の仕事が済まされてしまう。仮に女性が少年役を演じていなかったら、連続ものという形でアニメはここまで発展しなかっただろうし、世界中の人々を夢中にさせる多彩な魅力に溢れたキャラクターも生まれなかったと思います。少年役を演じる女性声優はアニメを支えてきた屋台骨です。だから、その仕事に光を当てたいと思いました。女性の仕事や貢献がときにないものとして扱われる傾向は、この話題に限ったことではないです。無視されがちな領域について、これからも発信していきたいと考えています。

――注目されやすいトピックにも、ジェンダー的な偏りがあることを感じます。

石田:アニメ文化には多様性があり、異性愛だけに収まらないキャラクターの表現が培われてきました。以前、スペインのセクシャルマイノリティの方と話をした時、セーラームーンを見てこういう生き方もあるんだと勇気づけられたとおっしゃった。アニメというのはそれくらいに影響力のあるメディア表現で、セクシュアリティやジェンダーといった問題に対してもアプローチするだけの力がある。フィクションはフィクション、エンタメはエンタメと割り切って、そこで満足して終わってしまうのでは勿体ない。アクロバットな表現が可能だからこそ、それを現実の社会にも還元していかなければならないと思います。アニメで先端的な表現をしているから日本に差別はないのかといえば、そんなことはないので。

――最後に、今後取り組みたいテーマについて教えてください。

石田:まず、新潟大学のアーカイブ構築を進めていきたいです。声の領域は資料化するのが難しいのですが、なんとか図書館や大学、研究のフォーマットに収まる形でアーカイブの中に”声”の経験を入れていきたいと考えています。

 また、今関心を持っているのは吹き替えです。海外番組の吹き替えからも声優がたくさん育ちました。では、日本のアニメが輸出先され、現地の言葉に吹き替えられるとき、キャラクターをめぐる声の経験がどう変わったのかを見ていきたい。同じ作品、同じキャラクターといっても、男性声優が演じるシンジ君と緒方さんのシンジ君では一緒ではないと思います。また、Netflixの新しい英語版ではシンジ君の声優にトランスジェンダーの方が抜擢され、いい意味で話題になっています。吹き替えについての研究も長い道のりになりそうですが、地道に取り組んでいきたいです。

■書籍情報
『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』
著者:石田美紀
出版社:青弓社
価格:本体2,000円+税
Amazon
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