『アニメと声優のメディア史』石田美紀に訊く、女性声優が少年を演じることの意味 「ひとつの文化を形成している」

女性声優が少年を演じる日本独自の“文化”

 『アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのか』(青弓社)というユニークな研究書が、2020年12月21日に刊行された。女性声優が少年を演じる配役は日本アニメの特徴だが、これまでのアニメや声優研究では、この論点が見落とされ続けてきた。

 当たり前すぎるがゆえに、問い直されることがなかったテーマに着目した本書は、少年役を演じる女性声優の歴史を紐解きながら、彼女たちの仕事がアニメ文化にもたらした影響を多義的に論じている。研究者のみならず、アニメや声優好きにも刺さる、面白くかつ画期的な1冊だ。第一部では「少年役を演じる女性声優の歴史」をたどり、第二部では「ファンとの交流と少年役を演じる女性声優」を掘り下げた『アニメと声優のメディア史』について、著者の新潟大学教授・石田美紀氏に話を訊いた。(嵯峨景子)

占領期が少年を演じる女性声優のルーツだった

石田美紀氏
zoomでインタビューに応える石田美紀氏

――「少年役を演じる女性声優」というテーマに注目したきっかけや、本書の執筆動機を教えてください。

石田:日本でアニメを見て育つと、少年役を女性が演じることが当たり前すぎて、不思議に思わないですよね。ですが日本アニメの海外輸出状況を調べると、海外の吹き替えではキャラクターの性別と一致した声優がキャスティングされていることがほとんどです。例えば本書の主役といえる緒方恵美さんが演じた『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ君は、韓国以外ではすべて男性声優が演じてきました。

 それに対して日本では女性声優が少年役をたくさん演じていて、緒方さんや斎賀みつきさん、皆川純子さんなどの素敵な女性声優が、少年だけでなく格好いい男性役をやっていたりもする。それを私たちは自然に受け止めていて、これは改めて面白いことだなと思いました。海外について調べるなかで、日本の状況には特別な文化的背景があるはずだと思ったのが最初のきっかけです。

 もうひとつ、この本を書く強力な動機になったのが、声優の木下喜久子さんとの出会いでした。女性声優が少年役を演じている理由を調べていくうちに、GHQ占領期の連続ラジオドラマで少年少女役を得意とされてきた木下さんのことを知り、木下さんのウェブサイトを見つけました。ダメ元でサイトから連絡を取ったところ、木下さんに直接お会いすることができ、木下さんのお話から占領期に源流があることの証言が取れました。

――1928年生まれの木下喜久子さんは、緒方恵美さんと並ぶ本書のキーパーソンです。それにしてもテレビやアニメが登場するよりも前の時代、占領期の連続ラジオドラマに女性声優が少年を演じるルーツがあったとは驚きました。

石田:声変わり以外に子役が起用されない何らかの理由があるはずだと手あたり次第調べていました。実はすごく単純なことで、1947年の労働基準法の制定が大きな影響を与えていました。恥ずかしいことに、最初それに思いつかなかったんです。そんな時に木下さんのサイトで、GHQの統制下になって子どもが使えずと談話風に書いてありました。それを読んで、ここに源流があるんじゃないかと藁にもすがる思いで木下さんに直接確認してみたところ、「そうですよ」と当たり前のようにおっしゃる。

 木下さんも出演されたラジオドラマ『鐘の鳴る丘』には子どもがたくさん出ています。まずはこれが生放送なのか収録なのかを調べることから始めました。NHK放送博物館で台本を見せてもらうと、生放送、収録ともに、子どもの学業に差し障りのない時間に設定されているのが資料からも確認できた。人を雇う時には法律を遵守することが求められる。法律が社会のいろいろなことを決めていく様がよくわかりました。女性声優が少年を演じることは、エンターテインメント的な要請のみならず、敗戦から占領期を経て今の日本ができあがる歴史や政治の影響からも生まれたものでした。

 これまでにも『ユリイカ』などの雑誌で、緒方さんのお仕事について書いてきましたが、少年を演じる女性声優として緒方さんが築いたスターダムの原点が、占領期まで遡れるとある程度確証を持って言えることがわかったので、本格的に書き始めました。

――占領期から現代までという長いスパンのなかで、さまざまな論点を掘り下げた労作です。

石田:ありがとうございます。書き下ろしに近い本で、特に占領期のことは一度研究会で発表したくらいで学会誌にも投稿せず、この本でほぼ初めて形にしました。また、刊行までに6年ほど要しています。というのもラジオからテレビ、そしてデジタル配信へとメディア環境が移り変わり、声優さんのお仕事もアニメやラジオ、ドラマCDにゲームと多岐にわたり、いくら調べても追いつかない。今回書きもらした論点もたくさんあります。

少年役を演じる女性声優への「萌え」をアカデミックに論じる

――本書第二部では、アニメ雑誌の創刊によって声優のスターダムが生まれた1970年代以降を取り上げています。それ以前は男性女性に限らず、声優はスターではなく黒子だったということでしょうか。

石田:アニメの声優に関していえばそうだと思います。これは本書では掘り下げられなかった点ですが、1960年代には海外ドラマなどの吹き替え声優のファンダムがあったと言われています。テレビがお茶の間に浸透していった時代に、今でいうところの海外ドラマ雑誌があり、そこに吹き替え声優の情報が載っていたそうです。『0011ナポレオン・ソロ』の声優には出待ちのファンがいました。

 それに対してアニメは、60年代にはまだそういうファンダムが育っていなかった。そもそもアニメは子ども向けだと思われていたし、視聴者が成長して自分たちの関心を表に出し始めるのは70年代に入ってからですが、そのあたりからアニメに出演する声優への関心が高まっていきました。

――個々のキャラクターを超えた小原乃梨子さんのスター性や、声優とキャラクターが同一視された80年代のアイドルアニメ分析を経て、90年代の緒方恵美さんが第9章「「萌え」の時代に少年を演じること」で論じられています。

石田:キャラクターと演者の性別が必ずしも一緒じゃなくても、キャラクターに対する愛、古い言葉でいえば「萌え」が生まれる。萌えには賛否両論があり、問題にもなるけど、一方では破天荒なパワーや多様性がありますよね。だから萌えについて生産的に言及したい気持ちが昔から自分のなかにありました。緒方さんのような方の活躍は、いろいろな萌えのあり方を体現しています。それはすごく自由な活動ですし、ひとつの文化を形成しているといっても過言ではありません。

――緒方さん分析は本書のハイライトです。『幽☆遊☆白書』の蔵馬や『美少女戦士セーラームーン』の天王はるかだけでなく、個人CD『HALF MOON』が少年キャラクターと声優のパーソナリティの視点から分析されているのも興味深かったです。

石田:緒方さんのお仕事を写真集やCDも含めてもう一度見直すと、声優が自身をファンに伝える回路が多様化していく90年代の大きな流れに乗られた瞬間があると思いました。デビューの頃はロングヘアーで、どちらかというと「女性らしい」雰囲気で写真に写っておられるのですが、ファンの萌えや期待に寛大に応えながら、キャラクターとシンクロして、パーソナリティを培っていかれたように思います。

――90年代以降の考察には、「視覚的データベース」と「声のデータベース」という概念が登場します。これは東浩紀さんの『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』の「データベース消費」を援用したものですよね。

石田:はい、そうです。もっとも、『動物化するポストモダン』で言及されるのは主に視覚的要素や言語的要素です。たとえばでじこ(デ・ジ・キャラット)だったら「~~にょ」というキャラ立ちしたセリフ、つまり言語的要素で、声そのものは議論されていません。ですがアニメーションでは声が占めるウェイトが大きいので、東さんの議論を膨らませて「声のデータベース」としました。

――第10章ではキャラクターや萌えの多様性、そしてフェミニズム批評にも言及されています。

石田:90年代に登場したキャラクターは女性から注目されるものが多いです。そしてこの時代はオタク文化というかサブカルチャー、マンガやアニメ批評に女性の論客がたくさん入ってきた時代でした。藤本由香里さんの『私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち』が刊行されたのも90年代ですし、評論家の小谷真理さんもエヴァの赤木リツコのコスプレをされながら、フェミニスト的概念を駆使してエヴァを論じています。こうした楽しみ方には、「フェミニスト対オタク」の対立を煽るだけのふるまいとは違うものがありました。

 東さんの議論を経由すれば、女性による批評活動も萌えの一つのあり方ではないのかなと。見え方は萌えではないかもしれないけど、キャラクターに勇気づけられたり、考え方を触発されたりして、同人活動に励むのもよし、社会について考えるのもよし。そういう生産的な行為は、緒方さんのような声優が大きなスターダムを築いたことと無関係ではないと考えていたので、そこも言語化したいと思いました。

――緒方さんがTwitterで『アニメと声優のメディア史』を紹介されていました。緒方さんがきっかけで、この本に興味を持った方も多いのではないでしょうか。

石田:編集者の方が緒方さんに献本してくださったんです。ある朝ツイートを見ていたら、緒方さんが私の本を持っていて……! ただただ感激です。この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。

 緒方さんは研究対象として分析されることに戸惑いを感じておられるようで、著者としては的外れなことを書いたんじゃないかと、緊張しています。本書は文化現象、社会現象として緒方さんのお仕事を考察したものと読んでいただけたらと、祈るような気持ちでいます。緒方さんは、近々ご自伝を出版されるとのことですので、緒方さんによる緒方さんを読むことができると今から楽しみにしています。

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