日本の思想はどんな問題と向き合ってきたか? 『日本思想史』著者が語る、王権と神仏で捉え直す通史

『日本思想史』著者インタビュー

「今」を捉えるためには、「今」だけを見てはいけない

――具体的に、明治以降に作られた伝統にはどのような例がありますか。

末木:たとえば、神仏関係では、まるで古代から神道があったように思えますが、それは明治になってから作られた話であって、必ずしも古くから独立してあったものではない。むしろ神道というのは、仏教の影響下で、だんだんと形作られてきたものの考え方です。それこそ“万世一系”みたいな考え方も、古代から脈々とあって天皇が続いてきたのかというと、決してそうではない。

――本書にもあるように、“天皇”という呼称自体、途絶えていた時代が長らくあったわけで。

末木:呼称どころか、天皇という存在自体がさほど問題にされなかった時代もあったわけです。それが幕末の頃から国学や神道の流れの中で、だんだん天皇の“万世一系”的なものが“思想”として作られていきました。そこをちゃんと理解しないといけない。20世紀の終わりぐらいまで、研究者の考え方は政治的に“右”か“左”かで立場が分かれてしまうようなところがずっとありました。つまり、右の人は“万世一系”みたいなものを前提とし、逆に左の人は天皇制自体を全面的に否定するという。両極端になっていて、どちらかの陣営に属さないと研究ができないような状況でした。その状況が崩壊して自由に考えられるようになったのは、本当にここ20年ぐらい、まさしく21世紀に入ってからのことです。そういう状況の中でようやく「では、どういう構図を描けるのか?」という話が、いろんな形で出始めています。

――実際、若い世代にとって、天皇制における右だの左だのといった話は、もはやあまりピンとこないかもしれません。そういう中での、ひとつの試論としての新しさが本書にはあるわけですね。

末木:そういう意味合いで捉えていただければ、非常にありがたいです。これから先、日本はどうなっていくのか、もっと言えば世界全体がどうなっていくのか……温暖化などの環境問題をはじめ、いろんな問題があるわけです。それはもう右や左というイデオロギーでは解決がつかない。その意味で、次の段階を考える手掛かりのひとつになればという想いで書きました。

――明治以降の“中伝統”が崩壊したあと、いよいよ今は“小伝統”の時代、つまり“脱近代の思想崩壊状態”に至っているとの指摘もありました。

末木:それこそ、我々が生きる今の問題です。多義的な視野も大事ですが、ひとつの大きな流れの中で今がどういう時代なのかは、捉えておくべきだと思います。その際に“戦後”からものを考える人が結構多いですが、“戦後”を捉えるためには、やはり明治からの“中伝統”を考えないわけにはいかない。その“中伝統”は、ある時期に大きく作り変えたものなのだから、やはりその前のことも知らなくてはならない。「今」を捉えるためには、「今」だけを見ていればいいわけではないのです。

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