映画化で注目『黒牢城』なぜ傑作なのか? 戦国時代の価値観を活用した見事な作劇

米澤穂信『黒牢城』なぜ傑作なのか?

 6月19日公開の映画『黒牢城』は、2021年に米澤穂信が刊行した同名小説を原作としている。歴史ミステリ小説『黒牢城』は、第166回直木三十五賞、第22回本格ミステリ大賞、第12回山田風太郎賞を受賞し、「このミステリーがすごい!」、「週刊文春ミステリーベスト10」、「ミステリが読みたい!」、「本格ミステリ・ベスト10」という4つのランキングでも1位を獲得した。絶大な支持を集めた作品なのだ。

 戦国時代が舞台である。織田信長に反旗を翻した荒木村重は、摂津国の有岡城に立て籠もり、毛利輝元の援軍を待つ。だが、城内で不可思議な事件が相次ぎ、城主である村重は解決に当たらなければならない。そこでポイントとなるのが、織田方の使者として有岡城へ来たものの、村重によって地下の土牢に幽閉された黒田官兵衛の存在だ。村重は、知略に長けた官兵衛に事件の謎を解かせようとする。だが、彼は答えを素直に教えてくれはしない。官兵衛が遠回しに与えるヒントを解き明かすことで、村重は真相にたどり着くのだ。『黒牢城』は、そうしたパターンの連作短編の形式をとりつつ、全体を通して1つの意図で構成され、最後に重い衝撃が訪れる長編小説となっている。

 第一章「雪夜灯籠」では、その父が織田側へ寝返ったことから、人質にしていた彼の子を、村重は牢へ繋ぐと決める。しかし、城主が生かしておくとした人質は、密室状態で殺されてしまう。

 第二章「花影手柄」では、織田方の大将首をあげた手柄が誰のものかわからず、城内で対立が生じる。とった首の1つの顔が、凶相に変じる怪異も起きる。

 第三章「遠雷念仏」では、村重が明智光秀宛ての書状を託した密使の僧侶が、警護していた手練れの者とともに殺害されてしまう。

 第四章「落日孤影」では、僧侶を殺した犯人が雷に打たれた際、彼を鉄砲で狙った者がいたと判明する。狙撃犯は、どこにいたのか。

 事件が起きるたびに村重は、官兵衛のところへいき、知恵を引き出そうとする。ミステリには、自分は現場へいかず、伝えられた情報だけで推理し真相を明らかにするという、安楽椅子探偵と呼ばれるスタイルがある。劣悪な環境の土牢に閉じこめられ、髪と髭は伸びて全身が黒ずみ、やがて傷つき足を悪くする官兵衛は、安楽ではないだろう。だが、役回りとしては、安楽椅子探偵なのだ。

 また、周りを敵に囲まれ出入りが困難な城は、ミステリの舞台として好まれるクローズド・サークル(閉ざされた空間)に近い。その空間のなかで容疑者が限られ、互いに疑心暗鬼になっていく。それによって不穏さが増し、緊張感が高まるわけだ。

 そのようにミステリの趣向を盛りこんだ内容でありつつ、同時に『黒牢城』は著者にとって初の歴史小説だった。米澤穂信は、初期には学園ものの青春ミステリを主戦場としたが、やがてデスゲーム、SF、ファンタジー、社会派、警察小説など様々な要素をとりこんだミステリを発表するようになり作風を広げていった。『黒牢城』もその一つだが、漢字多めの重みのある文章や時代ものらしいセリフ回しといった歴史小説としての形で新境地を拓いたばかりではない。今とは違う時代の今とは異なる価値観を軸にすえ、歴史小説だからこそ成立するミステリを書いた点が興味深い。

 ミステリには、超能力や心霊現象、未来の技術など、現実世界には存在しない条件を前提として、それに適合するように謎を解く特殊設定ミステリというジャンルがある。『黒牢城』は、物理的条件に特殊要素はないものの、戦国時代特有の価値観を主な登場人物である武士だけでなく、妻や子など周辺の人物も共有している。現在とは違うその価値観を作劇に活用した点は、特殊設定ミステリの発想に通じるところがあるだろう。

 荒木村重は、織田側の使者として来意を告げた黒田官兵衛を帰すわけにはいかないと判断する。また、村重は、織田側に寝返った武将の子である人質を、そのままにするわけにはいかないと考える。これらの場合、いずれも斬るのが戦国の世の習いであり、本人たちもそうされると思っていた。気性の激しい信長なら、即座にそうしたに違いない。ところが、村重は殺さないのだ。一見、温情のある判断のようだが、本人にとっては迷惑なことにもなる。常に死ぬ可能性にさらされている戦国時代にあって、不名誉に生き延びて家名を汚すよりも、むしろ潔く死んだ方がいいというのが、当時の武士の価値観なのだ。

 織田信長と一向宗の戦いがあり、仏教徒が南蛮宗に不信感を抱くなど、この時代の宗教的対立も物語にとりこまれている。その状況で不可解な人死にがあれば、仏罰が下ったとする見方が広まるのは避けられない。

 謎めいた状況で人が殺される悪しき犯罪の発生に際し、合理的な捜査と推理で犯人を特定し罰する。現代を舞台にしたミステリでは当たり前のそうしたプロセスに対し、死は当たり前、仏罰といったこの時代ならではの思いこみが、ノイズとなって事態をいっそうややこしくするのだ。

 また、ミステリとは、事件を解決することによって、乱れた秩序を正常な状態に回復する物語だとふるくからいわれてきた。『黒牢城』の場合、事件発生で引き起こされた城内の疑心暗鬼、仲間内の対立を解消しようとして、村重が真相究明にあたる。官兵衛から知恵を引き出そうとする。その意味では、秩序回復の物語だ。

 しかし、頼みの毛利の援軍は来ず、村重は織田勢に囲まれたまま籠城せざるをえない状況が続く。いくら彼が秩序の維持にとり組んでも、戦況の不利は城内に悪影響を与えてしまう。村重には、自分たちをとり巻く秩序まで平穏なものに回復させることは、困難だ。

 このようにミステリ的な要素や展開と、戦国時代の価値観や状況がせめぎあうあたりに本作特有の面白さがある。

 “黒”田官兵衛を牢に入れた“城”。荒木村重の“籠城”。『黒牢城(こくろうじょう)』の書名は、官兵衛を牢に入れた村重も城に閉じこめられているという二重性が含意されているように思う。『黒牢城』は、荒木村重、黒田官兵衛のほか、作中に直接登場しないが彼らの運命を左右する織田信長、毛利輝元など、歴史上に実在した人物の実際の動向を踏まえたうえで書かれている。そうした歴史的事実の制約がありつつ、大胆な発想で強烈な結末を演出しているのだ。あらためて、見事な作品だと思う。

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