連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年7月のベスト国内ミステリ小説

2026年7月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は七月刊の作品から。

千街晶之の一冊:綾崎隼『さよなら、探偵』(ポプラ社)

 ジョセフィン・テイの『時の娘』のグラント警部など、病室で寝たきりの状態で謎を解く探偵を寝台探偵(ベッド・ディテクティヴ)と呼ぶ。だが、綾崎隼『さよなら、探偵』に登場する天才少年・嗣永千早ほど、この設定に必然性が用意された探偵役がかつていただろうか。千早をある理由で嫌っている同級生の倉持椿は、やむを得ぬ事情で彼の病室を訪れる。椿は何故千早を嫌うのか、そして彼女の密かな目論見とは何か。幾つかの謎をめぐる二人の推理合戦が辿りつく衝撃の結末とは。あまりにも切なく、あまりにも巧緻な謎解きが胸に残る傑作だ。

梅原いずみの一冊:真門浩平『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社)

 荒木あかねの初短編集『おむこさんは殺人鬼』とギリギリまで迷って、『ぼくらは回収しない』に続く著者の第2短編集のこちらを。収録作5話のうち、明晰夢の操作が思いもよらない趣向で殺人事件に繋がる「夢落ち」は、すでに各所で話題になっている。が、その他も粒揃いだ。個人的に推したいのは、電車でのワンシーンを描く「各停十三駅分の帰り道」と、雨が降り続く町が舞台の「天森町は今日も雨」。後者は設定が少し特殊なものの、どちらも日常の謎ジャンルの傑作。何より、人間に対する信頼を取り戻させてくれる点が本当に素晴らしい。

若林踏の一冊:真門浩平『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社)

 ハイレベルの短編集が相次いで刊行された月だったが、その中からベストを選ぶとすれば本書だろう。明晰夢という題材を活かし切ったパズラーである「夢落ち」は雑誌掲載時より評判が高かったが、それ以外の四編も高水準の謎解き短編である。家族に起きた不幸の話が思いもよらないテーマと結びつく「悲運の死」、“ずっと雨が降り続ける町”という不思議な舞台で“日常の謎”を描く「天森町は今日も雨」など、日常性に溢れる光景から意外な謎を創出し、物語を広げていく手腕がお見事。この作家の短編ミステリをもっと読みたい。
 

酒井貞道の一冊:倉知淳『犯人は現場に首だけ戻る』(実業之日本社)

 ミステリの神髄は短篇集にある。似たようなことを過去にも言った気がするが、この点で先月は凄かった。阿津川辰海『少女は殺人の夢を見る』、荒木あかね『おむこさんは殺人鬼』、東川篤也『夜の喜劇』、真門浩平『終着駅で待ち合わせ』が惑星大直列のように並び、質的にはいずれも一歩も引かない。収録作の一部がミステリ仕立ての小林泰三『此方より』まで参戦してくる始末。そんな中で選ぶのは、倉知淳の作品である。死体が損壊された理由を探るため推理をこねくり回す。謎解き小説における推理の愉悦がたっぷり詰まっており素敵。

藤田香織の一冊:夕木春央『楽園』(講談社)

『方舟』『十戒』ときて、誘われる楽園の発想に、なるほどと唸り、作ろうパエリア!回そうベイブレード!と頷き、いやでもこれ……と言葉に詰まった。事故で死んだ両親が遺した不動産を管理して暮らす迫田康之は、失踪した賃借人女性の行方を追い群馬の山奥へとたどり着く。が、旅行がてら同行した恋人・沙織と共に6人の住人たちに捕らえられ、解放して欲しければ自分たちのうち誰かを殺める罪を犯せ、と命じられる——。ってそれどんな状況よ? 殺人なんて簡単にできないよ? というあたり前の疑問にそうきたか!と。素晴らしくエグいです。

杉江松恋の一冊:荒木あかね『おむこさんは殺人鬼』(文藝春秋)

 潮谷験『山上のフェイク』と迷ってこちらに。巻頭の「同好のSHE」は、乱歩賞受賞第一作としては五指に入る出来ではないかと思う。それ以外も、シネコンの客同士の揉め事が意外な落ちに行き着く話、今は無き新幹線普通車両の車内販売に絡む犯罪物語、青ひげ譚を下敷きにしたような表題作とバラエティ豊かで、特に「答え合わせ」で提示される謎はエラリー・クイーンの某短篇を想起させる特徴的なものだ。お薦め。これ以外では、ミステリーではないのだが松田いりの『ハイパー山』が意外な犯罪小説的要素のある作品で拾い物であった。

 前月とは打って変わって票が割れました。豊作だったのだと思います。「このミス」年度の〆切が迫りつつあるので、ここから意欲作がどんどん刊行されることになりますね。来月は、あの作品も待っています。

※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる