【追悼】東野圭吾はいかにして国民的作家となったのかーー孤高の天才が積み重ねてきた“挑戦”の軌跡

『放課後』(講談社文庫)が、ありえない小説と言われていた頃があった。
言うまでもなく、第31回江戸川乱歩賞を受賞した東野圭吾のデビュー作である。年季のいった読者には、そういえばそういうこともあった、と思い出される方もあるのではないか。
『放課後』は1985年、今から41年前に刊行された。女子高を舞台にした作品で、洋弓(アーチェリー)部の部室が密室状態になっている中で死体が発見される。ありえない、というのはこの密室を構成するトリックではなくて動機の方だった。そんな理由で罪を犯す者がいるか、という批判が湧き上がったのだ。今読むと犯人の気持ちは痛いほどよくわかる。時代は変化したのだ。


そうした試行錯誤を繰り返していた時期の1989年に発表したのが〈館〉ものの『十字屋敷のピエロ』(講談社文庫)である。綾辻行人のデビューに始まる〈新本格〉ムーブメントが始まっていたために、それに迎合した作品を書いた、という声も上がった。作者としては不本意だっただろう。古い概念に合わせれば話題にならず、かといって新しいものに挑戦すれば中堅が若手の真似をしたと謗られる。

何を書けばいいのだ、ともがく中で東野は、一つのことについてしぶとく取材を重ね、その世界が体に入った上で小説を書く、という試みに出た。ほぼ同時に書き始められた二作、クラシックバレエを題材にした『眠りの森』(1989年。講談社文庫)とスキージャンプ競技関係者の間で事件が起きる『鳥人計画』(1989年。角川文庫)である。前者は加賀恭一郎ものの第2作である。1980年代末から90年代にかけてはミステリー・ブームが始まり、それまでの主流だったノベルスではなく、単行本でも複数の叢書が立ちあげられるなど、従来の型に嵌まらない作品が求められる機運が盛り上がっていた。
『鳥人計画』で得た教訓を生かした大作スリラー『天空の蜂』(1995年。講談社文庫)という挑戦作もあったのだが、東野圭吾の名を結果的に高めたのは1998年の『秘密』(文春文庫)、翌年の『白夜行』(集英社文庫)の商業的な成功であった。2作とも映像化され、そちらもヒットしていることから、ミステリーではない読者にも届いたことがわかる。


『秘密』は「週刊文春ミステリーベスト10」で3位、『白夜行』は1位と十分に評価されている。しかし、それ以降東野作品がベスト5に入ることはしばらくなく、2005年の『容疑者Xの献身』(文春文庫)においてようやく1位になっている。ちなみに「このミステリーがすごい!」における順位は『秘密』9位、『白夜行』3位、『容疑者Xの献身』はやはり1位である。『秘密』『白夜行』がエンターテインメントとして広範な層に届くメガヒットになったためか、ミステリー関係者の間でジャンル作家としての東野圭吾を軽視する傾向があったことは否めない。

しかし1990年代の東野圭吾は、他の誰もやっていないような実験を重ねていたのである。最たるものが加賀恭一郎シリーズ『どちらかが彼女を殺した』(1996年。講談社文庫)、『私が彼を殺した』(1999年。同)の2作である。結末の探偵による謎解きで犯人の名前が明かされないという趣向の作品で、知らずに読んだため私は当時大いに驚いた記憶がある。『どちらかが彼女を殺した』はある手がかりに着目すれば比較的簡単に真相にはたどり着けるようになっているのだが、『私が彼を殺した』ではその難度が増しており、正答に至れなかった読者も多かったようである。あまりに難しいので、文庫版には袋綴じである程度のネタばらしを行った解説が付された。

1996年に連作短篇集『名探偵の掟』、長篇『名探偵の呪縛』(共に講談社文庫)の2作が発表された天下一大五郎シリーズは、東野のいわゆる本格ミステリーに対する好悪相半ばする感情を示したものだ。ミステリーのお約束を俎上にして、いちいちツッコミを入れる、というのがシリーズの基本形になっていて、1995年の『怪笑小説』(集英社文庫)に始まるギャグ短篇小説集に通じるものを感じる。当時の東野は自伝エッセイ『あの頃ぼくらはアホでした』(1995年。集英社文庫)を出すなど笑いに傾倒していた時期だったのだ。本格ミステリーとの訣別、などと見られたこともある天下一大五郎シリーズだが、そのジャンルを愛することなく、あんなに周到なツッコミを入れられるわけがない。

『白馬山荘殺人事件』のような古典的探偵小説の味わいがある作品を東野は愛していたが、それを自分が手掛けて成功例がないことに不満を抱きもしていた。1990年の『仮面山荘殺人事件』、1992年の『ある閉ざされた雪の山荘で』(共に講談社文庫)で、クローズド・サークルものに挑戦している。同趣向に見えるが、読めばそれだけではない別の着想が盛り込まれていることがわかる作品だ。これらの作品は当時それほどヒットしなかったと記憶しているが、無駄にはならなかった。延長線上で2002年の『レイクサイド』(文春文庫)という秀作が生まれたからである。加賀恭一郎シリーズの紙媒体における最新作、2023年の『あなたが誰かを殺した』(講談社)もまた、こうした挑戦で得たものを元に書かれた作品だろう。

一方で、まだ手垢がついていない題材に創作の可能性を見出すということも続けていた。『変身』(1991年。講談社文庫)は脳移植を描いたSFスリラー的側面のある作品だが、ここに出ている、人間の意識とはどういうものか、という興味は1990年代以降の東野作品に通底する主題の一つでもある。この作品があったからこそ、『秘密』が生まれたのではないだろうか。
密室トリックに代表される狭義のミステリーのそれだけではなく、小説としての技巧を追求し始めたのもこの時期だった。情報が制限されているために強いサスペンスが醸し出される『むかし僕が死んだ家』(1994年。講談社文庫)はあまり言及されることのない秀作である。2000年代に入って書かれた長篇諸作、犯罪者の家族を視点人物にした『手紙』(2003年。文春文庫)、普通の人の心に宿った悪意を描く『殺人の門』(2003年。角川文庫)、少年犯罪を軸に据えた『さまよう刃』(2004年。角川文庫)といった諸作は、社会派ミステリーと呼ばれることも多い。だが、作品を丹念に読んでみると、どういう主人公、どういう視点人物の目から世界を見させるかということに作者は意を尽くしていることが歴然としていて、決して題材のみに寄りかかった作品ではないとわかるのである。東野はかなり早期からこの、どういう視点で物語を行うか、という技巧に自覚的だった。それが結実したのがこうした長篇群である。さらに言えば、2005年の『容疑者Xの献身』はこうした視点の技巧無くしては書かれ得なかった。5W1Hの要素で最も大事なのはWHO、つまり誰の物語なのかという問いだと東野は認識していたと思う。それがミステリーであろうと、なかろうと。

『容疑者Xの献身』直木賞受賞に始まるベストセラー作家としての道筋、それによって国民的作品となった〈探偵ガリレオ〉シリーズの栄光、加賀恭一郎シリーズが『新参者』(2009年)『麒麟の翼』(2011年。共に講談社文庫)でやはり爆発的なヒットを飛ばし、もう一つの看板作品となって以降のことは、改めて書くまでもないだろう。両シリーズの根底にあるのは「誰の物語か」という人間への問いで、それを処理するやり方が違えてある点に、引き出しの多さを感じる。一度は離れたとまで言われた謎解き小説の世界に、約20年かかって東野圭吾は戻ってきた。いや、最初からそこに居続けていたことを証明したのである。日本のミステリーが東野に受けた恩義、学ぶべきことは大きい。

努力を人知れず重ねてきた孤高の天才に深く敬意と感謝、そして哀悼の意を表する。

『永遠の記憶』
著者:東野圭吾
価格:2,310円
発売日:2026年8月5日
出版社:文藝春秋

























