時代ミステリーでありながら歴史小説? 直木賞受賞作『黒牢城』のハイブリッドな面白さ

直木賞『黒牢城』の面白さ

 評判の悪い戦国武将ランキングがあったら、荒木村重はかなり上位に入るのではなかろうか。理由がある。主君の池田家を乗っ取る形で成り上がった村重は、織田信長の家臣となり、武功を重ねる。しかし突如として信長に叛旗を翻し、居城である有岡城に籠城。一年にわたり織田軍と戦い続けるが、追い詰められた状況で妻子を残し、城を脱出してしまう。そして妻や一族が処刑されるも、自身は生き延びた。この有岡城からの逃亡と、以後の生き方が嫌われ、評判の悪い戦国武将になっているのである。

 だが、村重がなぜ逃亡したのか、はっきりした理由は分かっていない。そこが作家の創作欲を刺激するのか、幾つもの歴史小説が書かれている。米澤穂信の『黒牢城』も、そのひとつだが、実にユニークな作品になっている。なんとミステリーの手法を使って、逃亡の真相に迫っているのだ。周知のように本書は、第十二回山田風太郎賞と、第百六十六回直木賞を受賞したが、それも納得の名作である。

 本書で描かれるのは四つの事件だ。舞台は籠城中の有岡城。第一章「雪夜灯籠」は、人質として城にいた安部自念が、ある事情で牢に入れられることになる。その準備が整うまで、屋敷の奥にある納戸に閉じ込められ、精兵である御前衆が寝ずの番をしていた。しかし何者かにより自念が殺されてしまう。致命傷は矢傷のようだが、凶器の矢は見当たらない。

 という凶器消失の謎を解こうとするものの、行き詰ってしまった村重は、城の牢に囚えている黒田官兵衛を頼った。村重を説得しようと城に乗り込んだものの、幽閉されてしまった官兵衛のエピソードは、よく知られている。しかし彼を安楽椅子探偵にしたのは、本書が初めてではなかろうか。もっとも探偵といっても、官兵衛が真相を明らかにするわけではない。村重にヒントを与えるだけだ。謎を解くのは村重自身なのである。ずいぶん凝った構成だと思ったが、最後まで読むと、これも作者の仕掛けであったかと驚嘆。油断のならない物語である。もちろん凶器消失のトリックも面白い。村重が官兵衛を殺さなかった理由も、よく考えられている。戦国時代に興味はなくても、ミステリーが好きならば、第一章からすんなり有岡城の中に入っていけるだろう。

 続く第二章「花影手柄」は、勝利した夜襲の後で、思いもかけない事態が勃発。敵将を討ったのが、夜襲に参加した高槻衆と雑賀衆のどちらか分からないのだ。この時代、この場所ならではの謎の設定と、意表を突いた真実が優れていた。第三章「遠雷念仏」は、村重から密書を託された高僧の無辺が庵で殺され、警備をしていた御前衆の秋岡四郎介も死体で発見される。事件を巡る逆転の発想と、そこから導き出される真相に驚かされた。ミステリーとして見ると、この章がベストだろう。

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