連載:SFスクランブル交差点 書評家たちが選ぶ、2026年7月のベスト国内SF小説

想像力の翼を自由にはばたかせてみたい。
SFというジャンルに対して抱く思いは読者によってそれぞれ違うでしょうが、自由に、という要素は共通するのではないかと思います。さまざまなしがらみを離れて自由に。舞台となる世界はしっかりと構築されていたほうがいいが、でも行く先だけは自由に。どちらでも、どこへでも。空想のベクトルを制限することはできません。
SFスクランブル交差点は、SFを自由に読むための月評です。さまざまな出自の評者が、国内外の作品を読み、その月の一押しをお薦めします。ルールはただひとつ、前月に出た新刊であること。原稿は到着順、そのほか一切の縛りなしでお届けします。
さあ、どんな作品が選ばれていますことか。今回は、2026年7月刊行の作品です。
水上文の一冊:小砂川チト『ゾンビ回収婦』(講談社)
未来には、単純労働は機械に任せ、人間は創造性の発揮にいっそう集中できるようになる――そう思っていた時期もあった。だが今訪れつつあるのは真逆の未来であり、本作はそんな現状を抉るものだ。主人公はAIの台頭によって職を失った女性。失職後、彼女はVRゲームの世界に没入し、ゾンビを回収する「回収婦」として生きることに望みを託すようになる。奪われた「労働」の代替物を求めて仮想空間で彷徨うその姿は、現代の戯画であり、変化に惑う私たち自身でもある。小説は問いかけるのだ。NPCと、ゾンビと私たちの間に違いはあるのか、と。
冬木糸一の一冊:qntm(クオンタム)/鳴庭真人『反ミーム部門は存在しない』(ハヤカワ文庫SF)
初回で取り上げたいのは、qntmによるSFホラー長篇『反ミーム部門は存在しない』! 海外の大型匿名掲示板で始まった、シェアワールド的な創作ホラー「SCP」がきっかけで始まった作品だ。人々の間で伝達されていく文化的な情報のことを「ミーム」と呼称するが、「反ミーム」はその逆。人の意識にのぼらず、伝達しようとしても意味のない情報になってしまう。そんな「反ミーム」的性質を持った超常的な存在がもし地球に存在していたら、人類は対抗することができるのか? 身近な恐怖もコズミックな恐怖もあり、SF的にも大満足な一冊だ。
池澤春菜の一冊:馬伯庸/大恵和実『ドラゴン・メトロ―地龍鉄道―』(早川書房)
滝を登った鯉は龍となり地下鉄になる。『西遊記事変』『長安のライチ』など、エンタテインメント小説の名手・馬伯庸が今作で描くのは社畜龍。将軍の息子哪吒《なた》は偶然、地下鉄として働く龍と知り合い、甜筒《キャンディ》と名付ける。本来の生き方を忘れ汲汲と地下で働く龍たちを哪吒《なた》は大空へ解き放つことができるのか。そして長安に迫る邪悪な影をどう防ぐのか。元がジュブナイルなだけあって、真っ直ぐな登場人物たちの言動がとても気持ちいい。
蒸気ならぬ牛筋機関が発達したもう一つの中国を舞台に、地下と空を翔る傑作シルクパンク!
あわいゆきの一冊:qntm(クオンタム)/鳴庭真人『反ミーム部門は存在しない』(ハヤカワ文庫SF)
人間には認識も記録もできない、記憶されることを拒む性質「反ミーム」。その性質をもつ異常な存在・アンノウンに、秘密組織〈機関〉の反ミーム部門を率いるマリー・クインが立ち向かう。記憶できない敵との戦争にどう勝つのか、一瞬たりとも目が離せない。度々挿入されるアンノウンの生態を記したレポートの、理解の及ばない恐ろしさにも釘付けになる。
そして反ミーム性質はその特徴ゆえに、存在をいちど知れば、現実にいるかもしれない可能性を読者にも常によぎらせる。一度知ったが最後、二度と忘れられない恐怖を堪能できる一冊だ。
香月祥宏の一冊:小林泰三『此方より 小林泰三未収録短編集』(角川ホラー文庫)
2020年に亡くなった作者が遺した、単著未収録14篇をまとめた短編集。ホラー文庫からの刊行だが、SF読者も見逃せない。量子観測を殺人の論理に持ち込み、強いAIの定義から人間と機械の境を問い、回転ブラックホールを超光速道路に仕立てる。クトゥルー神話には時間移動や精神交換、異種知性まで絡んでくる。どれも発想は突飛。それを理詰めで掘っていくうち、いつの間にか常識や倫理のほうが崩れている。怪異に筋道を通し、人間の思惑や判断を加えることで、かえって怖くする。もう新作が読めないのだけが残念だが、SFとホラーが同じ根から生える、小林泰三らしさの詰まった一冊だ。
堀川夢の一冊:実石沙枝子『燃える夜空に星ちりばめて』(双葉社)
第4次世界大戦後のディストピア世界を舞台とし、無検閲の手紙を運ぶ主人公スピカを中心に、さまざまな人物の生が描かれる物語。戦争のさなかに兵器としてサイボーグ化されたスピカは、背中に義翼を植え付けられ、義眼の埋め込みにより涙すら流せない。そんなスピカがメッセンジャーとして飛び回る中で人間の心の機微にふれ、成長していく。この作家の作品はどれも「ティーンの子に安心しておすすめできる」と思っているのだが、本作もしかり。声を上げて世界を変えること、他者を信じることの希望をまっすぐに描く、爽やかなSFだった。
杉江松恋の一冊:紺野天龍『錬金術師の聖櫃』(ハヤカワ文庫JA)
いわゆる特殊設定ミステリーのシリーズで、魔法が物理法則の中に組み込まれている世界で起きる事件を錬金術師が解決するというものである。本作は前2作とは趣向が異なり、物語が途中で化ける。どう変化するのかは言えないので、ミステリーよりもこっちのジャンルで紹介したほうがよさそうな小説、とだけ言って後は口笛でも吹いているしかないのである。小さい辻褄を合わせるために大きな器をひっくり返すというのはミステリーでもよくある技法なのだが、ここまで規模が大きいと畏怖の念を覚える。シリーズはこの先どうなってしまうのだろう。



































