杉江松恋の新鋭作家ハンティング 第24回「このミス!」大賞受賞作『最後の皇帝と謎解きを』

丁寧な世界の作りこみに関心させられる。
犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)は、第24回「このミステリーがすごい!」大賞に輝いた、作者のデビュー作だ。
同賞は選考委員を書評家が務めることや、一次通過以上の作品にはすべて選評がつくという制度、受賞に至らなかった作品でも〈隠し玉〉と称して出版するなどの特色があり、毎回多くの原稿応募がある。海堂尊、中山七里、新川帆立のようにベストセラー作家として成長した作家も多く、毎回受賞作が版を重ねるなど実績も残してきている賞である。
その一方で他ではまず見ない変わり種も多く世に出してきた。最近では紀元前のエジプト王朝を舞台とした白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)が話題を呼んだ。同作は設定が変わっているだけではなく、複数の不可能犯罪が扱われた謎解き小説としての美点があり、もちろんミステリーとしても高く評価された。
『最後の皇帝と謎解きを』も歴史ミステリーだ。題名にある皇帝とは清朝最後の宣統帝こと愛新覚羅溥儀、あのラスト・エンペラーである。
物語の起点は1920年の北京に置かれている。日本人絵師の水墨画家・一条剛は招かれて紫禁城に入る。1912年に起きた辛亥革命によって清朝は打破され溥儀は廃帝となったが、移住せずにまだ紫禁城に居座っていた。辛亥革命後も一度は政変を起こして帝位を復活させたが、わずか12日で再び廃された。しかし清朝復活の志は絶えることなく、15歳の溥儀は宮殿の奥深く虎視眈々とその機を窺っていたのである。
一条が招聘されたのは、表向きには帝師として溥儀に水墨画を教えるためであった。だが真意は違った。紫禁城に眠る水墨画の数々は、美術品として外国人からも垂涎の的となっている。宮殿を維持するための莫大な費用を、それを売ることで賄いたいと溥儀は言う。ただし贋物を、である。一条は贋作の手伝いのために雇われたのだ。
こうして紫禁城に通うことになった一条は、溥儀の日常を至近距離で見ながら暮らすことになる。本作第一の魅力は紫禁城内の描写にある。当時の溥儀に関わる一切のことを司るのは太監(タイヂェン)、男性器を去勢された宦官である。太監には多くの階級があり、職掌もさまざまだ。紫禁城内を歩く溥儀の後ろには十数人の護衛が付き従うが、廃帝は彼らを〈尻尾〉と呼ぶ。また、皇帝しかまとうことのできない衣服の色、立ち入ることができない神聖な場所なども規定されており、そうしたディテールが作品世界に生彩を与えている。そうした舞台で太監の一人が殺害されるというのが第1章「傍若無人の廃帝」だ。紫禁城の中でしか起きえない殺人事件を描いて作者はまず読者の心を掴みにくる。
物語を牽引する小道具として2幅の水墨画が出てくる。明代に書かれたもので、「吉兆の水墨画」と「破滅の水墨画」という。作者名はわからず、ある男が病の床に就いた妻の命を救うために自らの血を絞り取って描いたものが前者である「吉兆の水墨画」だ。後者は奇跡的に快復した妻を男が誤って殺してしまい、今一度自らの血で描いたものだ。血をあまりに流し過ぎたためか男も命を喪ったところから「破滅の水墨画」の名が残った。この2幅の贋作が当面の目標となるのだが、その前に練習をしようとして溥儀が持ち出してくる絵が第2の事件の題材となる。溥儀の先帝である光緒帝が描いた龍なのだが、黒眼が入れられていない。日本の達磨人形に倣った願掛けで、あることが成就したら眼を入れようとという意図だったが、果たせないままになってしまったというのだ。この龍に、いつの間にか黒眼が描かれてしまう、という不思議な現象が起こる。誰が、何のためにやったのか、というのが第2章「画竜点睛を願う者」次の謎解きである。
初めは日本人である一条を見下していた溥儀だったが、次第にその心境には変化が見えてくる。ある日一条はスン・チュアンという名を与えられる。音は、かの三国時代の英傑、呉の孫堅・孫権と同じだ。好奇心から一条がそのどちらなのかと訊ねると、廃帝は破顔して孫犬だと明かす。実は初対面のとき、一条剛という名が中国語ではイーディァオガン、一匹の狗という意味になるという会話があった。それを引いての冗談なのだ。そういうやり取りができるほどに、溥儀と一条の距離は近くなっていく。変形の相棒小説であることも作品の魅力だ。
第3章「青天白日の二人」では、溥儀が変装して城外に出かけ、一条がお供をすることになる。この章で扱われる謎は、小祥という太監から感情を奪ったのは誰か、というもので人の心にまで作者は踏み込んでくる。ここから紫禁城という情景だけではなく、そこで暮らす人々の心理にも考察は広げられていき、最終の第4章「狡莵三窟の訓え」では全体の背景にあったものが明かされて、物語の幕が下ろされる。
ミステリーとして見た場合、派手なトリックこそないが各話に異なる形の推理が用意され、ひとつながりの物語の中でも多様な謎解きを楽しむことができる。新人のデビュー作としては申し分のない水準だろう。溥儀の人生がどのようなものであったかを知る読者であれば、15歳の肖像から感じ取るものもあるはずだ。
ミステリーとして見た場合、最後の仕掛けがやや唐突であると私は感じた。もう少し伏線を仕込んでおくことはできたのではないかと思うが、致命的な瑕ではない。どんでん返しのためというよりは、物語を終わらせるためにやむをえず仕掛けたものと見ることもできる。おそらく作者は日本人帝師と廃帝が好きになりすぎて、こうでもしなければ小説を書き終えられなかったのではないだろうか。書き手の人柄が作品に滲み出ている。
奥付によれば、作者の犬丸幸平は1994年生まれ、京都産業大学英米語学科卒で現在はパキスタンで絨毯の買い付けなどをしている、とある。もともと海外志向のある作家なのだろう。落日の紫禁城を書いたあとは、果たしてどのような舞台を選ぶのか。地力のありそうな作者だけに、今後が楽しみである。












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