『進撃の巨人』にも通じる閉塞感ーー時代小説とディストピアが交錯する『ちょんまげ手まり歌』

昨年末の那須正幹『屋根裏の遠い旅』に続き、異色の児童文学がまた中公文庫で復刊された。1968年に発表された『ちょんまげ手まり歌』である。冒頭に引用された手まり歌の詞を読むと、ユーモラスな書名通り、「ちょんちょ ちょんまげ/まげ、ちょんちょ」と楽しげに始まるが、すぐに不穏な展開になる。「人のいのちは一度でござる/役にたつ首、ころりときらぬ/役にたたぬは、ころりときろう/それじゃどこからどうじゃいな」と、手まりのように首がころころ転がる内容なのだ。この長編は、過去にさかのぼり、この歌が生まれた由来を語っていく。
「やさしい殿さま」の藩で、こっそり教えられる本当の恐怖

作者の上野瞭は、NHKの人形劇になった『ひげよ、さらば』などで知られる児童文学作家であり、一般向けの小説でも『砂の上のロビンソン』という代表作がある。
『ちょんまげ手まり歌』は、このような話だ。舞台は「やさしい殿さま」が治める「やさしい藩」。この藩には田んぼも畑もなく、侍が戦で人を斬る勇ましい夢を見させるユメミの実が特産である。その実を隣の国に売り、米、野菜、魚を買って暮らしていた。山には山んばがいて食い殺されるから、山には入るなと定められている。藩では、人々が山に入らなくてもいいようにと、選ばれた子どもは6歳になった時に足を刀で傷つけられて不自由にされる。選ばれなかった子どもは、ユメミの実がなる花畑に埋められ、死は無駄にならない。すべては、「やさしいお殿さま」が人々を思いやって決めたことだという。それに疑問を持った者は、ヘソクイ虫の「ヘソクイヤマイ」にかかったとして危険視される。
ちょんまげの侍がいる藩が舞台なのだから江戸時代っぽいが、不思議で異様な社会だ。それを昔話のような朴訥な語り口で描いている。人々のぎこちない動作を示す「ぎっちら、ぎっちら」、「ぎくん、ぎくん」、「ずるずる、ずるずる」のほか、なかなか姿を見せない「やさしい殿さま」の代わりに政治を取りしきる玄蕃がたびたび「にこりにこり」と笑うなど、特徴的な擬音が頻出するのが、独特のムードを醸し出す。
冒頭で作者は「こわいものや こわい話が/だいすきな きみたちよ」と呼びかけ、おばけや怪獣よりもっと恐ろしいものを「きみにだけ/こっそりと/おしえてあげようね」と告げている。だから、読者はこの物語をただ怖い話として楽しんでもいいと思う。
名曲「教訓1」と響き合う「命は一度」という一節
ただ、ここでは、今回の文庫化で「ディストピア×時代小説」と銘打たれていることにこだわってみたい。絶大な権力を持つ者がいて、人々の心と体を管理し、命まで自由にしている。「ディストピア」の言葉が引きあいに出されるのが納得できる設定なのだ。
作者の上野瞭は、『ちょんまげ手まり歌』を刊行する前年の1967年にまとめた『ちょっと変わった人生論』に「教訓ソノ一」と題した反戦詩を収録していた。それをフォークシンガーの加川良がアレンジして1971年に「教訓1」のタイトルでシングルを発売した(現在、作詞は上野瞭・加川良の共同名義になっている)。
コロナ禍の頃、俳優の杏が同曲を弾き語りで披露した動画をアップして話題になったほか、ハンバートハンバートがカバーするなど、歌い継がれている曲だ。「命はひとつ 人生は1回」から始まる「教訓1」に対し、先に引用した手まり歌には、「人のいのちは一度でござる」の一節があって共通する部分がある。だが、国のために死ぬのはよしなさいとストレートに反戦を主張する「教訓1」とは異なり、『ちょんまげ手まり歌』の世界観は、もう少し複雑だ。
戦後日本を映し出す鏡? 平和主義と軍国主義の奇妙な同居
この物語では権力者が、人々に好戦的な夢を見させる実を栽培させており、厭戦的な夢を見させる実を作った者は罰せられる。その点は、戦前の日本のように軍国主義的である。よくあるディストピアもののパターンといえるだろう。
しかし、人々は藩の掟によって足を不自由にさせられ、「やさしい」人になって戦闘能力を減じられるのだ。憲法で戦争の放棄を定めた戦後日本の平和主義のようではないか。作中では、ほかの藩にも侍がいて、やはり戦の夢を見るユメミの実を必要としていると書かれている。その点は、反戦平和主義こそ国を危険にさらすディストピアだと描いた百田尚樹『カエルの楽園』を思い出させる。
一方、山んばとの戦いを避けるのではなく、打ち倒して山の向こうへ行こうと考える者だって出てくる。特産品がユメミの実しかない現状が、その発想の背景にあるのだ。作中には「やさしい藩」が、限られた条件のなかで暮らしていることが書かれている。「やさしい殿さま」の「やさしい」考えもそこから発している。米、野菜、魚をほかの藩から買うしかないし、人々の生活や命を制限するしかない。その状況は、エネルギーや食糧の自給率が低い日本と似たところがある。また、山んば退治への意欲は、巨人たちの襲撃を恐れ人類が壁の街に閉じこもっているなかで、「駆逐してやる」と決意する者が現れる諫山創『進撃の巨人』を連想させるだろう。
1968年に書かれていながら、後に発表されたほかの諸作に通じる要素が含まれている。それは、『ちょんまげ手まり歌』が時代を越える現代性を有しているからだ。戦争と平和、権力者と庶民の一筋縄ではいかない関係が描かれており、昔話的なとぼけた味わいの文章でありつつ、凄みがある。稀有な物語だ。
■書誌情報
『ちょんまげ手まり歌』
著者:上野瞭
価格:990円
発売日:2026年2月20日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公文庫

























