水ダウ「名探偵津田」人気の理由とは? ミステリ評論家・千街晶之が徹底考察する魅力

バラエティ番組「水曜日のダウンタウン」(TBS系)の名物企画「名探偵津田」第4話が年末スペシャルとして放送され、大きな反響を呼んでいる。お笑いコンビ・ダイアンの津田篤宏が突如殺人事件に巻き込まれ、名探偵として事件を解決することを強いられるという人気ドッキリ企画だ。
「電気じかけの罠と100年の祈り」と題された今回は、同番組収録中に劇団ひとりが何者かに殺害されたと思しき事件から幕を開ける。その後、舞台は劇団ひとりの実家だとされる群馬の名家へと移る。さらに大正時代や江戸時代へのタイムトラベル要素まで加わり、物語は予想外の展開へ進む。この人気企画「名探偵津田」はなぜ人を魅了するのか。本稿ではミステリ評論家・千街晶之が徹底考察する。(編集部)
「名探偵津田」はなぜ人気なのか
TBS系で水曜の夜10時に放映されているバラエティ番組『水曜日のダウンタウン』の中でも、ミステリーファンの注目を集めているのが『名探偵津田』というコーナーである。
主人公となるのは、お笑いコンビ「ダイアン」のツッコミ役・津田篤宏。第1弾は、2023年1月25日に放映された「ペンション殺人事件」(放送時は「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説」)だ。バカリズムが提案した「説」に基づいて作られたドッキリコーナーであり、そのターゲットとして選ばれたのが津田というわけである。
番組のロケ(偽番組であり、スタッフも本物ではない)のため長野県の蓼科高原にあるペンションへやってきた津田だが、唐突に殺人事件に巻き込まれ、名探偵の役割を押しつけられてしまう。周囲の人間がみな実際に殺人が起きたかのように騒ぎ立てる中、死体を見た数秒後にはもうドッキリであることを確信した津田には、探偵をやる気など全くない。ところが、彼が探偵として振る舞わなければ、周囲の人間は同じ台詞や行動を延々と繰り返すのだ(例えば、「津田さん、つまりこれはどういうことですか?」という問いに津田が探偵っぽいリアクションを返さない限り、相手は「つまり、どういうことですか?」と延々と問い続けるのである。また、津田がドッキリであることを前提とするメタ的な発言をした時は「ちょっと何のことかわからないです」と真顔ですっとぼけるのがお約束となっている)。嵐で橋が落ちて道路が寸断された設定なのに窓の外を車が平然と行き交っていたり、携帯電話の回線がつながっているのに津田以外の全員が圏外だと言い張るなどの雑な似非クローズドサークルの中で、津田は謎を解かない限りこのミステリードラマの世界から抜け出せないわけである。
津田は別にミステリーのお約束に詳しいわけではないため、ミステリーの文法通りに行動する事件関係者たちと彼の言動のギャップが笑いを醸し出す。しかし、後半になるとこの世界での振る舞い方のコツが掴めてきて、ノリノリで名探偵を演じるようになる。この一種の成長も見ものである。
終わった後には「名探偵・津田の次の活躍に乞うご期待」というテロップが出たが、第2弾「呪いの手毬唄と招かれざる男」は、そろそろ津田がこの企画を忘れた頃合いを見計らって撮影され、2023年11月8日、15日に放映された(この第2弾からは2週連続放映となる)。前作が本格ミステリーの典型的なクローズドサークルもののお約束を踏まえていたのに対し、今回は辺鄙な山村、祟りを恐れる人々、手毬唄見立て殺人などの要素を揃えた横溝正史系である。番組のロケのため長野県の戸隠にある小さな村へとやってきた津田。だがロケの最中に死体が見つかり、津田のことを蓼科のペンションの事件を解決した名探偵だと認識している村人から事件解決を依頼される。渋々謎解きに乗り出す津田だが、事態は連続殺人へと発展する。
第1弾が比較的シンプルな話だったのに対し、第2弾では謎解きの難度がぐんと上がった。村だけが舞台なのかと思いきや、同じ日に東京のTBSでも殺人事件が発生し、津田の後輩芸人・みなみかわが巻き込まれるのだ。2つの事件はつながっており、合流した津田とみなみかわは、それぞれの手持ちの情報を照合して真相に迫ることになる。
第3弾は2024年12月11日、18日に放映された「怪盗vs名探偵~狙われた白鳥の歌~」。第3弾ともなると津田も簡単にドッキリに引っかかりはしないだろうと思うのだが、そこをなんとかしてしまうのがTBSスタッフの悪魔の手口。今回はなんと『水曜日のダウンタウン』レギュラー回の最中に、アンガールズの田中卓志が射殺される(番組が始まって20分以上経ってから『名探偵津田』の世界に突入するわけである)。番組の存続に関わるので事件を警察に通報できないからという無茶な理由で津田に捜査を依頼し、事件の手掛かりとなるオークションが行われる新潟へ行くよう説得する出演者たちやスタッフだが、津田は全く乗り気ではない。というのも、高額のギャラが発生する沖縄での仕事を翌日に入れていたので、新潟などに行くわけにはいかないのである。ところが、その仕事の依頼自体が架空だったのだ。
かくしてアンガールズ田中のマネージャーと一緒に新潟のホテルへと向かう津田だったが、そこで待ち受けているのは連続殺人と「怪盗ダイア」による絵画盗難。前回が横溝正史系だったのに対し、今回はミステリー漫画『金田一少年の事件簿』の「怪盗紳士の殺人」を意識しているようだ(警察から逃げ回る名探偵などの要素は「金田一少年の殺人」からの引用か)。家族旅行でそのホテルに泊まっているつもりだったみなみかわも、思わぬかたちで津田と合流する。
ここまで観ると、第1弾はあくまでもパイロット版で、企画としてのスタイルが完成したのは第2弾であることがわかる。それは、ここから登場したレギュラーの存在からも明らかだろう。
レギュラーの1人目は、言うまでもなく津田の助手を務めるみなみかわである。何かにつけてゴネたり悪態をついたりする津田に対し、みなみかわは冷静沈着なタイプで、事態を把握する能力やある程度の推理力も具えている。彼ならばミステリードラマの世界での名探偵も務まりそうなものだが、そうなると謎がさっさと解けてしまい、企画としては成立しなくなる。試行錯誤を繰り返し時には大いに脱線するという名探偵らしからぬ津田と、彼を真相へと誘導する助手のみなみかわという黄金コンビだからこそこの人気シリーズは成立するのである。
2人目のレギュラーは、森山未唯が演じるヒロインである。第2弾での彼女の役柄は津田の助手・理沙。里帰り中のミステリー好きの学生で、津田にキスを迫るなど気がある様子も見せるが、この1回きりで退場する。第3弾では、理沙の双子の妹でホテルの従業員・理奈として登場(まるで『金田一少年の事件簿』の佐木2号の女性版である)。ここでの再登場がよほど嬉しかったらしく、それまでやる気などかけらも見せなかった津田が俄然張り切りだし、死体を前にしているにもかかわらずニヤけるシーンは印象的。理沙・理奈から告白されてキス寸前まで行くのがお約束となっている(因みに津田は既婚者である)。
また、ミステリーとしての水準がいきなり上がったのも第2弾からである。第2弾が長野と東京にまたがる大事件であったことは既に述べたが、他にも、ドッキリである(つまり、メタレヴェルでは実際に殺人など起きていないことを視聴者は認識している)ことを逆手に取ったトリックが登場した。バラエティ番組だからこそ可能な遠大極まりない伏線も特徴で、津田やみなみかわが出演した別番組の段階で既に伏線が仕込まれていたりする。第2弾ではYouTubeに投稿された動画が手掛かりとなるが、それは実際に「戸隠channel」として視聴者が確認できるようになっており、手間を惜しまないスタッフの仕込みには驚かされる。
一方で、津田の目に留まらぬまま恐らく回収されていない手掛かりや伏線もあると思われるし、解決編がやたら駆け足になる場合もあるのだが、演出を担当している藤井健太郎は自身のX(旧Twitter)で「基本は、正しさよりも面白さが優先なので」(2023年11月15日)と基本方針を述べている。
第2弾ではある事実を知ったことによって津田がパニック状態に陥り、結果的に最大の見せ場になったが、第3弾では、番組収録中に殺人が起きたことでリアリティラインに混乱が生じた津田が、アンガールズ田中のマネージャー相手に「1の世界」「2の世界」という言葉で事態を説明しようとするシーンが話題になった。殺人が起きているのは「1の世界」。それをドッキリ企画として成立させているのは、「2の世界」で起きる殺人が架空だということを知っている『水曜日のダウンタウン』出演者やスタッフらがいる「2の世界」。しかし、第2弾まではそれが一応分かれていたのに対し、第3弾では事件がスタジオで発生し、「2の世界」の住人だった筈のアンガールズ田中や浜田雅功らが「1の世界」に顔を出してきたため、津田の中で自我が保てなくなり、それを懸命に説明しようとするわけである。
最新第4話の新たな展開とは
といった前提を踏まえた上で、2025年12月17日、24日に放映された第4弾「電気じかけの罠と100年の祈り」を観てみよう。11月26日放送の電気イスゲームの収録中に劇団ひとりが急死し、津田は事件解決のため群馬に行かされる。この流れは第3弾を踏襲している。思いがけないタイミングでのみなみかわとの合流も同様だ。
津田が劇団ひとりの実家(という設定)の群馬の名家・江田島家へ行くと、そこで当主が殺害される。現場は密室状態。事件の鍵となるのは江田島家にあった金庫だが、誰もその開け方を知らない。それを知るためには、一族が金庫を手に入れた100年前に行かなければならない。
ここで話は予想だにしない方向へと展開する。これに先立って、津田は大阪万博に関する番組(これも偽番組)に出演し、タイムマシンを研究しているという研究員に会っていたのだが、その研究員に問い合わせたところ、タイムマシンが完成したばかりだというのだ。やがて大阪から、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』に登場したデロリアンそっくりの自動車型タイムマシンが届く。つまり、タイムトラベル要素を組み込んだSFミステリへといきなり変貌するのである。この番組のリアリティラインはどうなっているのかと視聴者も混乱する瞬間だ(因みに、この偽研究員の名前は茶山英明。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズでクリストファー・ロイドが演じたドクの本名エメット・ブラウンのもじりであり、彼の名刺に印刷された所属組織名「McFly財団」は、マイケル・J・フォックスが演じた主人公マーティ・マクフライに由来する)。
100年前(大正14年)へと遡った津田は、現在の江田島邸と同じ屋敷に住む一族を訪問し、金庫の開け方を訊こうとするが、そこで思わぬ出会いが待っている。理沙・理奈と同じ顔の女性・理花(森山未唯)がいたのだ。
……取り敢えず展開の説明はここまでにしておくが、今回はいつも以上に設定がカオスである。SFミステリである点もそうだし、幽霊も出現する。更に、歴史上実在の人物と津田やみなみかわが出会ったりもする。ちょっと本格ミステリーという枠に収まらない展開なのだ。森山未唯とキス寸前まで行くお約束も、今回はパターン破りが待っている。
津田をドッキリの世界に引き込むTBSの悪魔の手口は相変わらず巧妙で、大阪万博に関する偽番組をわざわざ用意したことは既に記したが、他にも、2028年度のNHK大河ドラマの出演という架空のオファーまで用意していたらしい。普通なら津田も引っかからないだろうが、2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華之夢噺~』にはお笑い芸人が大勢出演していた。津田も当然芸人仲間からそういう話は聞いていた筈で、オファーがあっても疑わない素地は既に作られていたわけである(余談だが、理沙・理奈・理花役の森山未唯は、『べらぼう~蔦重栄華之夢噺~』17話で耕書堂を訪れる町娘役として実際に大河ドラマ出演を果たしている)。
今回の特色は、江田島邸に泊まった津田の前に女幽霊が出現し、おっぱいを見せる(令和なので画面には映らない)などの下ネタが多いことだが、エロいことになると記憶力がアップする津田の探偵としての特性を利用した巧みな伏線の仕込みとなっている。巧みといえば、江田島という姓を利用したミスリードには、視聴者の多くが引っかかった筈だ。
解決編では、津田が密室トリックを推理したところでみなみかわがより説得力のあるトリックを提案して津田がキレたり、肝心の謎解きシーンで津田が犯人の名前を言い間違えてしまうなどの迷走はあるものの、一応無事に大正と令和にまたがる難事件の謎解きを終えた津田だったが、その時点で番組はまだ20分以上残っている。そこから急転直下で待ち受ける、切なさと興醒めが入り交じる結末は、『名探偵津田』というシリーズがここまで続いてきたからこそ成立するものであり必見である。恋愛ミステリーの要素が濃厚なのは、この解決編が放映されるのがクリスマス・イヴであることを意識したものだろうか。
第4弾の前編がTVer再生数の歴代最高記録を更新したり、第3弾での津田の「長袖をください」という台詞が「新語・流行語大賞」にノミネートされたりしたことからわかるように、『名探偵津田』はミステリーファンの枠を超えた人気を誇っている。2025年12月26日発売の雑誌「anan(アンアン)」2477号Special Editionではとうとう津田が表紙を飾り、掲載されたインタビューではライバル名探偵は誰かを訊かれて「古畑でしょ。あ、でも古畑は探偵じゃなかった。やっぱりシャーロック・ホームズか。あとあの人、あれ映画の、あれ海外の、あれ列車の、あれナイル川の、なんやっけ、ああポワロ! ポワロのように解決するのが一番理想ですよね。冷静やけど、自信があるみたいな」などと答えたりしている。老若男女を虜にするこの幅広い人気は、演出の藤井健太郎が、濃いミステリーマニアと一般視聴者の双方が楽しめるような番組作りのバランス感覚に長けているからこそ生まれたものだろう。ミステリーとして作り込みつつ、その中で津田を暴走させることで生じる笑いを主眼とする番組作り。この化学変化がどこまで面白さのレヴェルを更新し続けるか、今後も注目したい。
























