この本には私たちがいるーー武田砂鉄の『アイアン・メイデン オフィシャル・ビジュアル・ヒストリー』レビュー

2024年、「THE FUTURE PAST TOUR」で8年ぶりの来日公演を行ったアイアン・メイデン、その物販として売られていたTシャツ各種は8000円と高額だった。円安、物価高の昨今、致し方ない値段ではあったが、前回2016年の公演のTシャツが5000円だったと考えれば、異様な値上げ幅である。それに加え、今回のTシャツは生地が薄く、評判は悪かった。その評判の悪さを知っていても、長蛇の列。そして、まとめ買い。もちろん私も並んで買った。アイアン・メイデンが自分たちの国に降臨してくださった謝辞を伝えるため、不平不満も漏らしながらも財布を解き放つ。ヘヴィメタルがひとつの信仰ならば、あれは宗祖へのお布施のようなものだったのか。
雑誌のレポート記事執筆のために全公演に出向いたが、完成された各プレイヤーのキャラクターが正確にぶつかり合うプロフェッショナリズムに打たれた。セットリストは不動。見せ場にも変化はない。それでもぶつかり合いの中に異なる火花が生まれ続ける。メガデスのデイヴ・ムステインやホワイトスネイクのデイヴィッド・カヴァーデイルがそれぞれの理由で引退を表明したように、体に負荷がかかるこの手の音楽はキャリアがいつ途絶えるかわからない。先のツアーの後、ニコ・マクブレインがバンド活動から退くことを明らかにした。日本公演でも最後までステージ上に彼が残り、深くお辞儀をしてステージを去ったのは、その場所ごとに別れを告げる想いだったのだろう。
アイアン・メイデンの結成50周年記念公式ビジュアルブック『アイアン・メイデン オフィシャル・ビジュアル・ヒストリー』のレビューを書いて欲しいとの依頼を受けた。買ってもらうための、促すために文章を書けばいいのだろう。でも、書くことなんて特にない。ファンは買えばいい。ファンではない人は買わなくていい。でも、ファンは絶対に買ったほうがいい。失礼を承知で比較すれば、本体価格12000円は、先の来日公演のペラペラTシャツの1.5枚分だ。比べ物にならない〝分厚さ〟である。あの時、それでも買った人たちは、この大著は当然、買わなければならない。あまりに一本調子なセールストークだが、これを手にして不満に思う人はいないはずだ。複数の調子は必要ない。スティーヴ・ハリスを中心に、バンドの足跡を網羅するために、すさまじく几帳面で丁寧な仕事だ。

Tシャツの話でいえば、活動初期からのTシャツコレクションを眺めるだけで心が動く。あのロゴが、そしてエディが、黎明期からこうして鎮座していたのだ。あるいは、サムソンとサクソンのロゴが大きく印字され、その下に小さくアイアン・メイデンと書かれているライブのチラシ、そこからの攻勢を知っている私たちは、チラシ1枚を眺めるだけでいくつもの語りを発生させるだろう。
「観客が10人でも手を抜かなかった。その10人から50人に噂が広まる。そういうことなんだ」とスティーヴが語る。そして、1976年の彼の日記からは、このバンドをどのように動かしていけばいいのか、悩みながらも理知的に問う姿勢が見える。大抵のビジョンは頓挫するものだが、彼のそれは実現した。それはなぜだったのか。ポール・ディアノ、ブルース・ディッキンソン、ブレイズ・ベイリー、ヴォーカリストの名前が並べばバンドの大まかな歴史が立ち上がるが、その転換点でバンドに何が起きていたのか、本書で隈なく明かされている。

50年の歴史の中で、どのタイミングで出会おうとも、瞬くうちにアイアン・メイデンの全体を知る耳になる。今、40代前半の私の出会いは不幸なことにブレイズ・ベイリー時代だが、逆に言えば、あの幸福とは言えない時代が存在しなければ、その先に歴史は続かなかったのである。ブレイズと作った2枚のアルバムを根っこから否定せず、それでも前に向かう動力としてブルースを求めた当時の判断も綴られている。

ライブ写真、オフショット、使用機材、ポスター、歌詞のメモ、エディのビジュアル、あらゆる素材が詰め込まれているが、単なるコレクション総覧ブックではなく、すべてのページに、長い歴史の中における必然性がある。たとえば今、適当にめくってみる。『ピース・オブ・マインド』のリリース記念パーティで脳をかたどったケーキを手にポーズをとっているデイヴ・マーレイがZZ TOPのTシャツを着ている。ブルースがパイロットとして飛行機を操縦してツアーを回る、「エド・フォース・ワン」の変遷を知る。「スカイ・バー・メニュー」があり、「スタークラス」の座席にスティーヴが座っている。それぞれのページごとに語り甲斐がある。

本書の推薦コメントを頼まれ、「ページをめくるごとに音がする。彼らがステージに駆け込んでくる時の、あの音がする。ヘヴィ・メタルの土台を半世紀も支えてきたバンドの全貌は、ヘヴィ・メタルに魅せられた人類の歴史でもある」と書いた。マジで音がするのだ。その音は自分の脳内に埋め込まれた音であり、この本に埋め込まれている音との共鳴である。誰もが頭によぎらせるアイアン・メイデンの旅路はいつまで続くのかについて、ブルースは「ゴースト・オブ・ザ・ナビゲーター」の歌詞から「俺はどこへ行くのだろう? それは知らない。知っているのはいまいる場所だけだ」を引用する形で答えとした。今いる場所が次の場所を生む、その連なりが大河となった50年の歴史だ。

昨年の来日公演を観れば、このバンドの終着点はまだまだ先だとの確信に至るが、確信は時に裏切られる。残酷に断ち切られる可能性はゼロではない。オジー・オズボーンがいなくなってしまった。ジューダス・プリーストがいる。メイデンもいる。メタリカだっている。限られた選択肢しかないと焦るべきか、選択肢がまだまだ残されていると受け取るべきか。ヘヴィメタルという歴史をそのまま背負ってきたバンドのキャリアが中盤ではなく終盤にさしかかっている事実は否定しようがない。だからこそ、アイアン・メイデンという土台を共有したい。この土台からあらゆるヘヴィメタルが躍進した。ヘヴィメタルが生活の一部になっている人間は、この本を読まなければいけない。あえて大仰に表現すれば、この本には私たちがいるのである。ペラペラのTシャツを着て、分厚い本書に耽溺しなければならない。
■書誌情報
『アイアン・メイデン オフィシャル・ビジュアル・ヒストリー
――Iron Maiden: Infinite Dreams』
著者:アイアン・メイデン/スティーヴ・ハリス/ブルース・ディッキンソン
仕様:B4変形/上製/352ページ
発売予定日:2025年12月19日
税込予価:13,200円(本体12,000円)
ISBN:978-4-309-25807-2
書誌URL:https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309258072/






















