杉江松恋が読む、黒猫ミステリー賞特別賞・暁烏壱才『日下狂四郎の奇奇怪解』 妖怪の謎を解く探偵の飽くなき魅力

杉江松恋が読む『日下狂四郎の奇奇怪解』

 妖怪のような男が妖怪の謎を解く。

 暁烏壱才『日下狂四郎の奇奇怪解』(産業編集センター。以下同)は、第3回黒猫ミステリー賞特別賞を受賞した作者のデビュー作である。この賞はジャンルや設定にとらわれない広義のミステリー小説を募集するもので、第1回は佐月実『ミナヅキトウカの思考実験』、第2回は小寺無人『アガシラと黒塗りの村』、第3回は魚崎依知子『時計は二度凍らない』がそれぞれ受賞し、すでに単行本として刊行されている。今回初めて特別賞が設立され、本作が受賞を果たした。編集部があえて特別賞を新設してまで世に出したかった作品とはどのようなものか。

 興味を持って読んでみた。

 そして納得した。なるほど、確かな魅力のある小説である。

明治時代に妖怪狩りを生業にする男

 物語中の時計の針は1906(明治39)年秋に合わされている。日露戦争が終わって1年が経つというのに、民衆の生活は困窮するばかりであった頃だ。属していた第9師団を辞めて帰国した〈僕〉こと犬飼馬鞭助(いぬかいまめすけ)もまた日雇い労働に甘んじる日々を送っていた。「僕は初めて、残飯屋で買い物をした」という一文からこの小説は始まる。

 馬鞭助は自分の武芸を活かす職を求めて活動していたが、なかなか結果が出せない。そんな中、街で暴漢に絡まれていたのを助けたのが縁で、東京近郊で牛乳店を営む三木りんという女性宅に居候することになる。家に置く条件としてりんは、敷地内に住む日下狂四郎なる人物の許諾が必要だと馬鞭助に申し渡した。りんは、家の実質的な主は狂四郎であり、戦争にも出征した立派な御仁だという。しかし世評は逆で、狂四郎をゴクツブシのクズ、りんにたかり遊び惚けている阿呆と呼ぶ者もいるのである。初対面の馬鞭助を舐め回すように見た狂四郎は「いいんじゃアないか」と一言呟いた。

 ここから二人の共棲生活が始まる。りんを心配する馬鞭助は、彼女が慕っているらしい狂四郎に我慢ができない。その気持ちにふさわしく心と態度を改めよ、と詰め寄ったところ、怪人は意外なことを口にしたのである。

「わしは妖怪狩りを生業にしておる」

 狂四郎によれば、人は理解できないものに遭遇すると適当な理由をつけて逃げてしまう。真実から目をそらすために都合のいい現実を生み出す。その間に生じる食い違いの辻褄合わせが妖怪と呼ばれるものだというのである。それを狩るというのだ。成り行きから馬鞭助は狂四郎に同行し、それが本当に仕事であるのか見極めようと考える。

 第2話「天狗犬」で2人は、奥秩父の山村に出張ることになる。彼らを迎えた木村六郎という男によれば、山には天狗がいるのだという。その天狗の仕業か、村がたびたび荒らされるようになった。そんな中、木村の飼っている犬が天狗のような面相の化け物を産んだのである。これこそ天狗の怒りであると他の村人は怒り、木村家を村八分にした。困り果てた木村は狂四郎に助けを求めたのである。不思議な現象が描かれる妖怪小説は数多いが、天狗の面相をした犬が生まれるという物証が伴うところがおもしろい。

 第3話「化け猫の怪」では人語を喋って盗んだ金を返せと脅してくる猫の謎が描かれる。最終話「べとべとさん」に出てくるのは、山中で人の後ろから足音をさせてついてくるという薄気味悪い化け物だ。べとべとさんというのは気配と足音だけの妖怪なのだが、珍しいことに本話では人を襲いもするという。こうした現象にどのような解釈が与えられるか、というのがこの小説の読みどころだ。

 日下狂四郎は、ちぢれたザンバラ髪を暗幕のように顔に垂らし、口元には紙巻を絶やさない愛煙家として描かれる。〈ぬらりひょん〉の異名もある男を馬鞭助は、こいつこそが妖怪なのだ、と薄気味悪く感じる。だが狂四郎の思考は合理主義そのものであり、容姿やとらえどころのない言動とは裏腹に、繰り出す推理は明晰極まりない。物語は個々の怪異譚とその解決を描きながら、日下狂四郎という人物の謎を解きほぐしていく。なぜ三木りんは彼に全幅の信頼を寄せているのか、という馬鞭助の疑問は、狂四郎が過去に何をしてきたか、という事実が開陳されることで少しずつ明らかになっていくのである。

 気の合わない2人が行動を共にするうち、互いに心を通わせるようになっていく、というのが相棒小説の常道だ。本作もそれに沿った内容であり、撃剣の達人であり一途な性格の馬鞭助が、狂四郎の真実を知って彼に惹かれていくさまが描かれる。明確にそう書かれているわけではないが、作者はシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの関係をお手本として2人を書いているのではないか。アフガニスタンの軍役から戻ったワトスンの位置に、日露戦争帰りの馬鞭助がいる。〈ぬらりひょん〉と呼ばれる狂四郎はホームズとはだいぶ印象が異なるが、知るごとに気になっていく懐深い人物造形はかの名探偵にも重なる部分がある。ついでに言えばホームズとワトスンがベーカー街221Bの大屋であるハドスン夫人に頭が上がらないように、狂四郎・馬鞭助にとってもいちばん気になる存在は三木りんである。二人がホームズとワトスンの関係になっていく物語、と言うべきか。

■ミステリー読者の心を動かす要素

 選評によれば、「選考にあたった者全員の記憶に残り、心惹かれた作品で」「テンポもよくて明治末期の雰囲気も楽しめ」るのだが、「ただ残念なことに、ミステリー的展開の物足りなさがどうしても気にな」ったのだという。ゆえに正賞は逃したのだが、本作は大幅な改稿を経て刊行に至っているという。ただ、主人公である探偵の魅力というのも、ミステリー読者の心を動かす要素の1つである。それは十分に備えた作品であると感じた。物語の終わり、事態を覆う黒い雲を薙ぎ払うために力を合わせる2人の姿は清々しい。よい作品であると思う。

 無いものねだりで言うならば、舞台が日露戦争後の暗い時代に設定されていることの必然性を今少し描きこんでいただければなお感興は強まったと思う。京極夏彦〈百鬼夜行〉シリーズは戦後のあの時代でしか成立しない。そうした舞台設定の意味が小説を強くするのである。作者の自己紹介には「恐らく懐古主義者。古いものに触れることが多くなった」とある。古きを懐かしむだけではなく、それによって現代に光を当てられるような新しい世界の見え方が得られるのであれば、なお素晴らしい。期待して次作を待ちたい。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる