書評家・千街晶之が読む 「黒猫ミステリー賞」受賞作『時計は二度凍らない』少女の人間関係を真摯に描く期待作

千街晶之が読む『時計は二度凍らない』

 ——僕達は、死者のために生きてはいけないんだ。

 魚崎依知子『時計は二度凍らない』(産業編集センター)に出てくる言葉である。だが、衝撃的な死は、身近な人間にとって日常的な時の流れを歪めるほどの力を持つ。本書は、死者に囚われて時を止めてしまった少女の物語だ。

■高校1年生の女子高生が遭遇する衝撃事件

 主人公の翡川志緒は県内屈指の進学校・北高に通う1年生。身長は144センチ、体重は30キロ。12歳の頃から成長がほぼ止まっている状態だが、それには理由がある。小学6年生だった4年前、幼馴染みで親友の秋浜希絵が殺害され、そのトラウマが彼女の成長を止めてしまったのだ。犯人は当時14歳の道井蓮士という少年だが、未だに捕まっていない。

 そんな志緒が、過去の事件の4年後に再び、途轍もない衝撃を受けるような事件に直面した。同じクラスの共田紗弥が学校で飛び降り自殺した、まさにその瞬間を目撃してしまったのだ。警察は、不登校の時期が長く、登校しても保健室にいることが多かった共田が、思うように過ごせない自分に挫折を感じて飛び降りたのではないかという結論を出したが、同じような境遇の志緒は、その結論にどこか納得できなかった。また、絶命した共田の手元にあった合格祈願の御守にも引っかかるものを感じる。その御守は白地だったが、現在、寺で売っている御守は緑だというのだ。

 本書は二部構成となっており、第一部「凍りついた時計」では、志緒が共田の死の背景を探ることになる。その過程で、彼女の仲間となるのが2年生の西杵万里と、1年生で推理小説好きの位坂雪真だ。また、そんな志緒を見守る大人として、彼女の母親、その交際相手で教員の芳岡、養護教諭の坂尾、小児科医師の戸増がいる。


 中でも異彩を放っている存在が戸増である。今年で46歳になるのに少しもそうは見えない若々しい美男の彼は、志緒の初恋の相手であり、彼女は彼を密かに「トーマス」と名づけている。長年、主治医として志緒を支え続けてきた頼もしい存在であり、共田のために真相を調べようとする志緒に対し、「いや、彼女のためじゃなく、自分のために調べるんだよ。これは遺された者が悔いや無力感を手離すための、儀式みたいなものだから。目的を間違えちゃいけない」「僕達は、死者のために生きてはいけないんだ」と助言する。だが彼は少々過激な思想の持ち主でもあり、芳岡は彼のそんな部分に危ういものを感じている様子だ。

 第一部の謎に決着がついたあと、第二部の「そして時計は動き出す」では、4年前の秋浜希絵殺害事件が再び動きを見せる。現場に残された指紋は、4年前の事件とよく似たものだった。意外な人間関係が次々と明らかになり、第一部で志緒が築いた友情は大きく揺さぶられることになる。また、道井蓮士の共犯として思いがけない人物に嫌疑がかけられるなど、志緒をめぐる環境は激変する。

■本書の最大の読みどころ

 4年前に親友を失った志緒は、「僕達は、死者のために生きてはいけないんだ」という戸増の言葉を理解しようとしつつも、やはり希絵の死への哀しみや、犯人である道井への憎しみに囚われている。事件が解決しない限り、彼女の時計は凍りついたままなのだ。そんな彼女が新たに起きた事件と向き合って奮闘する姿は少々危ういからこそ応援したくなるし、西杵や位坂といった仲間や、戸増などの大人たちへの信頼が揺らいだり回復したりするなど、志緒と周囲の人間との関係性の起伏が真摯に描かれているあたりが本書の最大の読みどころであり、著者の資質が最も発揮された箇所であると言えるだろう。どの小中学校の出身かで初対面の相手の背景がある程度わかるような距離感の田舎の描写にも、絶妙なリアリティが感じられる(ミステリとしては、指紋をめぐる謎解きがあれで成立するのかというところにやや疑問が残るが)。

 本書は、2021年に創設され、今回で3回目となる「黒猫ミステリー賞」の受賞作である。ただし、著者はこれがデビュー作というわけではなく、『夫恋殺 つまごいごろし』(KADOKAWA)、『お宅の幽霊、成仏させます!—鳥取ハイブリッドADR事務所—』(今井出版)という2冊の著書がある。既に実績のある書き手ということもあり、今後の更なる成長が期待できそうだ。

 

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