千街晶之が読む、黒猫ミステリー賞受賞作『アガシラと黒塗りの村』現代と因縁の歴史が織り成す民俗学ミステリの新基軸

■民族学ミステリの注目作が登場

小寺無人『アガシラと黒塗りの村』 (産業編集センター)

  民俗学を扱ったミステリは、もはや鉄板の組み合わせと言えるくらいさまざまな作家によって執筆されてきた。今世紀に入ってからの作例としては、シリーズものだけでも、北森鴻の「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズ、三津田信三の「刀城言耶」シリーズ、澤村御影の「准教授・高槻彰良の推察」シリーズ、清水朔の「奇譚蒐集録」シリーズ、萩原麻里の「呪殺島」シリーズなどが思い浮かぶ。ミステリ漫画では、金成陽三郎・原作、山口譲司・画の『ミステリー民俗学者 八雲樹』が有名だ。

  それらの多くは、風変わりな祭祀などが伝わっている集落が舞台であり、そこで猟奇的な事件が発生し、最後には民俗学の知識を持つ探偵役によって、風習の裏に隠されていた恐るべき秘密が暴かれる……というパターンを踏襲している。ミステリでありながら、設定や雰囲気はホラーに近いこともある。

  では、小寺無人のデビュー作『アガシラと黒塗りの村』(産業編集センター)はどうだろうか。この作品は、第2回黒猫ミステリー賞を受賞した「Black Puzzle」を改題したものである。

  主人公の「僕」こと黒木鉄生は、東京の大学で学生課の職員を務めている古文書オタクである。彼は友人の水森志紀に招かれ、ある農村を訪れた。水森は内向的な黒木とは正反対のタイプの社交的な性格で、現在はこの村の資産家である八重垣家の婿養子になっている(作中では「水森」と旧姓で呼ばれているが、現在の姓は八重垣である)。この村の神社で発見された「沼神文書」と呼ばれる古文書を解読してほしいというのが、水森が黒木を招待した理由だった。もっとも、神社にあったとはいっても大切に保管されていたわけではなく、物置小屋に無造作に置かれていた代物なので、歴史的価値の有無は判然としないようなのだが、古文書好きの黒木はこの依頼に喜んで飛びついた。

  冒頭、黒木の前に拡がるのは長閑な田園風景である。水森の話によると、妻の実家の近くで土砂崩れが起こり、土の中から白骨死体が見つかったという。それを機に、さぞやおどろおどろしい物語が開幕するのだろう……と予想する読者もいるだろうが、そうはならない。

■民俗学ミステリ定番の「因習村」設定とは限りなく遠い

水森と妻が二人で暮らす家は、田舎の風景には不似合いな小綺麗な一軒家だ。妻の実家の八重垣家は旧くから続く豪農で、その本家は広大な日本家屋だが、当主——すなわち水森の義父にあたる栄蔵は人当たりのいい老人で、いかにも旧家の当主という厳めしい印象とは程遠い。「沼神文書」が発見された沼神神社の宮司は、八重垣家の主治医も兼ねる小杉という人物だが、彼も神社の謂れを詳しく知っている様子ではない。民俗学ミステリでは定番の「因習村」的な設定からは限りなく遠いのである。何しろ舞台は令和、どんな僻村にもインターネットやスマートフォンが存在するのが当たり前のご時世だ。村人が古来の風習に凝り固まったような、いかにもおどろおどろしい「因習村」などそう簡単に成立するわけがない。黒木は八重垣家の近代的なキッチンを見て「土間じゃないですね」とつい失礼な感想を口走ってしまい、「もう時代は令和です」と八重垣家の家政婦に笑われてしまう。八重垣家の次女・咲良は明朗で頭の回転が速い女子高生で、黒木のことを気に入った様子である。

 ところが、黒木が到着した夜、そんな長閑な村で殺人事件が発生する。八重垣家と対立する川向こうの有力者・島田家の息子が刺殺されたのだ。更に、二日後には第二の変死事件が起こってしまう。

 黒木は基本的に古文書のような「フルイモノ」以外に興味を持たない性格なので、最初のうちは殺人事件にあまり関心を示さず、「沼神文書」の解読に集中したがっている。しかし、第二の事件の第一発見者となってからは、そうもいかなくなってくる。また、小杉とともに「沼神文書」の解読作業を進めるうちに、幾つもの奇妙な点が存在することに気がついてゆく。それらは、現代の殺人事件と関係があるのだろうか。そして、黒木を時折襲う奇妙な感覚の正体は何なのか……。

■ある壮大な秘密とは?

  田舎とはいえ衣食住が現代的にカスタマイズされ、現代的な思考の住人たちが暮らしている、日本中どこにでもありそうな平和な集落。しかしそこには、大昔からの歴史も存在しており、普段は埋もれていても、マグマのように表面に噴出する時を待っている。

  古文書に精通した黒木は、八重垣家の系図から、宮司の小杉ですら気づいていなかったような秘密を読み取り、連続殺人事件の真犯人の正体も指摘することになる。だが、それは単に彼が古文書などの「フルイモノ」に強い興味を示す性格だったからなのか。物語は、黒木自身にとっても他人事ではない、ある壮大な秘密の存在を示して閉幕する。

  ありがちな道具立てに頼ることなく、現代的で長閑な田舎の佇まいと、500年の因縁の歴史との強烈な落差によって、民俗学ミステリの世界に新機軸を開拓してみせた点は、この新人作家が強い意気込みと優れた戦略眼の持ち主であることを窺わせるに充分だろう。2作目、3作目ではどのような手札で勝負を挑んでくるのか、今から楽しみである。

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