腐女子の女子高生が“推しカプ”と同じクラスになり……成田名璃子『推しとともに去りぬ』が伝える、推し活の力

成田名璃子の新刊が出ると、必ず手に取る。デビューから一作ごとに、物語の舞台や題材を変え、常にこちらの気持ちを惹きつけるからだ。もちろん本書も、そうである。今回は“推し活”を題材にした連作集だ。
本書は短篇五作で構成されている。冒頭の「腐界の底からこんにちは」は、高校二年生になった小川千波が主人公。彼女は腐女子であり、一年生のときにサッカー部のスタメンに抜擢された浅野秀貴と、同じサッカー部でミックスとも間違われる甘い顔立ちの陣馬礼人を“推しカプ”としている。といっても自分をモブだと思っている自意識の低い彼女は、ふたりを眺めて妄想するだけだ。やはり腐女子の友人の沙羅と一緒に、推しカプと同じクラスになったことを喜んでいる。
だが、あることで秀貴を注意した件をきっかけに、彼が接近してくる。一方、礼人には、自分たちを推しカプにしている腐女子と見抜かれる。どうやら礼人の姉も腐女子らしい。仲間だと思っていた沙羅に恋人がきたり、クラスの一軍女子に絡まれたりと、周囲が騒がしくなり千波は混乱する。そしてついに秀貴から「好きだ」と告白されるのだが……。
千波と沙羅の推しカプ妄想は、はっきりいってキモい。ただし作者の書き方がユーモラスであり、スラスラと読むことができる。沙羅に恋人ができたことを知った千波が、「そういえば来年のコミケは、ひとりで行くのかな」と考えるシーンなど、随所で笑わせてくれるのだ。
しかしストーリーが進行すると、混乱する千波の言動を通じて、彼女がなぜ腐女子になったのか、なぜ秀貴と礼人の関係性を大切にしようとするのか、その理由が見えてくる。自分が、この世界のモブにしかすぎないと思ったことのある人なら、強く頷いてしまうだろう。面白くて、やがて切なき物語である。
続く「水、空気、推し」は、夫の一周忌を間近に控えた七十過ぎの女性のもとに、孫の環奈と礼人の姉弟が訪ねてくる場面から始まる。そして、韓流の五人組アイドルグループ“BOIS”を箱推ししている環奈から、彼らのライブに誘われた。テレビドラマの撮影のためであり、下北沢の小さなライブハウスで行われるとのこと。ライブが始まり、開演前に親切にしてくれた男性が、グループのユルだと知った主人公は、彼の熱心な推しになっていく。
夫の死から立ち直れず、家に籠りがちになっている主人公。自身の老いも、なにかと感じるようになっている。そんな彼女だが、コンサートの最中は夫の死を忘れられた。ユルの魅力だけでなく、彼女が推し活にのめり込んでいった理由は、ここにもある。作者はそんな主人公の心情を、優しく肯定するのだ。温かな気持ちになれる作品である。なお、前作に続き礼人が登場するなど、各作品は緩やかに繋がっている。
以下、「沼のロミオとジュリエット」は、サッカーチームの推し活をしている主人公が、阪神タイガースの熱狂的な推し活一家のお嬢様と結婚するため、そのことを隠そうと四苦八苦する。カリカチュアされた一家の過激な言動に、推し活の負の側面が表現されていた。「今夜は推し事なので」は、普通の大学生に擬態している萌えオタの主人公が、好きな女性と推し活のどちらを選ぶか迫られる。三次元と二次元の狭間で悩み、ついには「これこそが、現代における萌えオタのサルトル的葛藤なのだろう」と思う場面には爆笑してしまった。
そしてラストの「推し、この夜」は、付き合うようになった秀貴と千波を、新たな推しカブとした沙羅に、礼人が引っ張りまわされる。その過程で、いままでの話の主人公たちも登場。みんな楽しく推し活をやっているようだ。周囲に迷惑をかけたり。法を逸脱したりするのは問題だが、そうでなければ日々の生活に彩りを与えてくれる推し活はいいものだ。だから現実の厳しさをチラチラと覗かせながら、推し活の力を巧みに描き出した本書が、嬉しくてならない。この世界の、すべての推し活に祝福を。自分の人生をかけて推す対象があることは、とても素晴らしいのである。
























