『推しの殺人』が壊した“完全犯罪”の構造 遺体はどう隠すのが正解なのか?

ドラマ『推しの殺人』が壊した構造とは

 日本テレビ系で放送中のドラマ『推しの殺人』が、物語の中盤に差しかかり、原作ファンと新規視聴者の双方から大きな話題を呼んでいる。

 田辺桃子、横田真悠、林芽亜里のトリプル主演によるこの作品は、2024年『このミステリーがすごい!』大賞文庫グランプリを受賞した遠藤かたる氏の同名小説(宝島社刊)を原作に、原作の骨格を保ちながらも大胆な構成変更で生まれ変わった全13話の長尺サスペンスだ。

 舞台となるのは大阪を拠点に活動する3人組地下アイドルグループ「ベイビー★スターライト」(通称ベビスタ)。メンバーのイズミ(林)に暴力をふるっていた事務所社長・羽浦(田村健太郎)をルイ(田辺)、テルマ(横田)、イズミの3人が殺害してしまったことで物語が動き出す。犯行後に山中で遺体を埋め、「これで全部終わった」と安堵したのも束の間、その後まもなくして何者かの手で遺体が掘り返されていることが判明。完全犯罪を夢見たはずの犯行が、あまりにも早く破綻していく展開となった。

 物語の世界では、殺人事件の犯人たちが遺体を山に捨てるのは王道中の王道。しかし、そのほとんどが発覚する結末となる。では、逃げ切るにはどこに遺棄するのが正解なのか。

 「どうやったら完全犯罪ができるかを考えるのが趣味」と語る実業家のひろゆき氏は、YouTubeチャンネルにて、山や湖は動物が掘り返し、水流や浮力によって遺体が浮かび上がることから「最悪の選択肢」だと指摘。今はどこに行くにもNシステム(車両自動認識システム)に記録が残るため、捨てに行く途中ですでにアウトだと力説している。

 また、ひろゆき氏いわく、実際に過去の事件では遺体を細かくして流した犯人が長く捕まらなかったケースがあったそう。発覚したのは排水管に残った髪の毛だったことから、彼がたどり着いた“結論”は、「髪の毛は燃やしてから下水に流す」というものだった。

 そもそも、ミステリー作品が描いてきた「完全犯罪」の多くは、隠蔽の過程で破綻していく。谷崎潤一郎『白昼鬼語』のように薬物で死体を溶かす発想は、化学的な幻想としては魅力的だが、現代では薬品の購入記録で即座に特定される。桐野夏生『OUT』では、主婦たちが暴力夫の遺体を細断して生ごみとして処理するが、結局は社会の網に絡め取られていく。東野圭吾『容疑者Xの献身』のように、他人の遺体を入れ替えるという知能犯的トリックも、動機の人間的な弱さによって崩れていく。要するに、死体を「隠す」行為は物理的な問題ではなく、心理的・倫理的な限界を突きつける装置なのだ。貴志祐介『青の炎』の少年が、家族を守るために緻密な殺害計画を立てながらも、罪悪感の炎に焼かれていくように、完全犯罪のテーマはいつも“自滅”と隣り合わせにある。

 それでも作中で最も「完全犯罪」に近づいたのは、山川直輝原作・朝基まさし作画の漫画『マイホームヒーロー』だろう。娘を救うために娘の恋人を殺した父親が、警察と暴力団の両方から逃れながら遺体を処理する。その手口は、ひろゆきの言う“下水に流す”方法と奇妙に合致している。細かく刻み、煮込み、乾燥させて廃棄物として処理するという、倫理的には最悪だが理論的には最も現実的な隠蔽法だ。つまり、現代における“完全犯罪”のリアリティは、もはや「トリック」ではなく「手続き」にある。そこにこそ、フィクションの恐ろしい説得力が生まれる。

 『推しの殺人』の面白さは、そんな“完全犯罪”の構造そのものを序盤から破壊している点にある。彼女たちは罪を隠すつもりで山に埋めたが、掘り返された瞬間に物語は別の局面へと動き出す。しかもドラマ版では、原作には存在しない「女性連続殺人」という別軸の事件が同時進行しており、二つの殺人がどう絡み合うのかが次第に明らかになっていく。

 結局のところ、「遺体をどう隠すのが正解か」という問いに答えはない。どんなトリックも、どんな科学的手法も、最終的には人の心の揺らぎによって露見する。『推しの殺人』は、その不可能性をサスペンスとして描くと同時に、秘密を共有する人間同士の関係性――つまり“共犯”という絆の危うさを描いている。掘り返されるのは死体ではなく、彼女たち自身の良心であり、埋めようとした過去そのものだ。それでも“隠せると思いたい”と願う。その儚い幻想こそが、完全犯罪小説を“甘美”なものにするのだ。

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