一九八四年、華氏451度、PSYCHO-PASS……ISHIYAのディストピア小説『BRUO/ノイズ』が問うもの

ハードコアパンクのDEATH SIDEとFORWARDのボーカルで、ハードコアシーンに迫る著作も多いISHIYAが『BRUNO/ノイズ』(blueprint)というディストピアSFを書いた。がっちりと管理されている都市で、はみ出してしまった者たちが必死に生きようとする姿を描くストーリーは、今も世界中で絶え間なく続いている残酷で不条理な出来事へと強く意識を向かわせる。
西暦2100年代の地球は、温暖化で住める陸地が減少し、作物の不作で飢餓が起こり廃棄物によって環境が汚染されて人が住めなくなっていた。人類が生き延びるには、建造されたドーム都市で徹底的に管理されて暮らすしかなくなっていた。
そして作られたのが「レスポンド・シティ(答えの街)」。そこは、人も社会もすべてが徹底的に管理されていて、住人は朝に起きる時間も食べる朝食もあらかじめ決められていることだけを続けていた。政府が見ているのはその人の適応指数だけ。誤りを繰り返して逸脱すれば社会から排除される。従っていれば幸せな日々を送ることができる。あるいは幸せだと信じ込まされている日々を繰り返させられ続ける。
政府の情報機関で働いていたナナこと七瀬優という女性も、管理され歩く速さまで決められているような「レスポンド・シティ」での暮らしを、おかしいと思うことなく生きていた。そんなある日、連絡が途絶えていた兄の七瀬航がどこでなにをしているのかを調べようとして、航の痕跡がどこにも残っていないことに気づく。
管理されていたはずなのに。奇妙に感じて調べ始めたナナが違反と知りつつ探って見つけたのが「適応指数異常者」のリスト。そこに、兄としか思えない人物のデータが記録されていた。
家族を思ってのちょっとした逸脱が、ナナをレスポンド・シティの裏側に触れさせ、管理の外側へとはじき出す。追われる身となったナナは、接触してきたレジスタンスメンバーの東雲亮一郎という男から、「都市の真実を知る時が来たんだ」と告げられる。そして、ドームの外壁に接した場所に広がっているカシェーヨという街に入って、そこから兄を探しつつ世界の真実に近づいて行き、やがて自分自身の存在の秘密を知る。
管理された場所からの逃走であり、管理する者たちとの闘争はこれまでも数多(あまた)のディストピア作品として描かれてきた。オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』があり、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』があり、フランソワ・トリュフォー監督によって映画化されたレイ・ブラッドベリ『華氏451度』があり、テリー・ギリアム監督の『未来世紀ブラジル』(1985年)があった。夭折した伊藤計劃も、『ハーモニー』という小説で高度な医療社会の功罪を描いた。どれも、時々の世界情勢や社会状況の中で漂っていた抑圧への警鐘として生み出され、抑圧に抗う気持ちを支えてきた。
新しいところでは、2012年から続くアニメ作品『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズが、シビュラシステムによって管理された社会に暮らす人々の、一見すれば幸せそうな日常を描きつつ、色々なものが奪われ失わされている苦さを浮かび上がらせ、観る人たちに選択を迫った。ISHIYAの『BRUO/ノイズ』もそうしたディストピア作品の系譜に連なる作品で、そして完璧なだけでは世界はいずれ行き詰まる、ノイズがあるからこそ世界は生命力を持って続いていけるのだといった示唆を感じさせてくれる物語になっている。
完全管理をうたいながらも「レスポンド・シティ」の周りでは、カショーエという社会から逸脱した者たちが暮らせる街が存在を黙認されていて、ノクタ・ルーモというレジスタンス組織もどうにか活動できている。政府がただ怠慢なだけなのかもしれないし、”外部”を作って憎悪の感情を向けさせるために残していたのかもしれない。一方的な正しさだけで固められた世界は、少しのヒビが入っただけで粉々に壊れてしまうと考え、揺らぎとして残したのかもしれない。
それもまた、巨大なシステムの中で踊らされているだけに過ぎないとも言えなくもない。そう考えると息苦しさも沸いてくるが、だからといってシステムを完全に打倒してしまうべきとは簡単には言えない。『PSYCHO-PASS サイコパス』ではシビュラシステムのおかげで才能を認められる人も出てくる。『BRUO/ノイズ』は苛烈な環境で人類が生き延びるために管理が必要だった。完全な自由と完全な管理のどちらか一方だけを安易に選ぶことは出来ない。
言えるのは、命までをも管理に委ねて生きることを選ばせ、選ばれることを目的にしたような世界は確実に「違う」ということだ。そこを踏み越えてしまった時、世界は永遠の選別へと陥って滅びへと向かう。時雨沢恵一のロングセラー『キノの旅-the Beautiful World-』に描かれる「多数決の国」が、ひたすらに多数派に与する政策を貫いた果てに、たった1人しか存在できなくなってしまったように。
けれども、「レスポンド・シティ」はあらゆるノイズを排除して、完全な管理へと舵を切ろうとする。女性の国家官房長官が強圧的な態度でそのことを当然のように支持し、市民たちも「スラム? なんでまだ生きているの?」「そんなとこに住んでる方が問題」「潰して正解。治安悪くなるだけでしょ」と一切の疑問も抱かず、政府による弾圧と排除を支持する。あるいは関心すら向けようとしない。
その果てに、「レスポンド・シティ」に訪れれるのはどのような未来なのか。人類はどうなってしまうのか。そうしたことへの想像が、現実の世界でもだんだんと強まっている管理であり、差別や断絶の状況がもたらす未来のビジョンと重なった時、このままで良いのかといったいてもたってもいられない気持ちにさせられるだろう。
物語のフィナーレ。完璧さを高めた「レスポンド・シティ」では、都市によって生きることを選ばれた命たちがそれまでと変わらないように見える日常を送らされている。都市の外では、誰かに選ばれることもなく、選ばせてもいない命が少ないながらも存在して、自分の足で歩き始める。あなたが与したいのはどちら側か? 『BRUO/ノイズ』を読み、数多のディストピア作品にも触れて考えよう。
■書誌情報
『BRUO/ノイズ』
著者:ISHIYA
価格:2,900円+税
頁数:354頁
発売日:2025年11月5日
ISBN:978-4-909852-64-9
出版社:株式会社blueprint






















