名作ラノベSF『紫色のクオリア』復刊も! 今読むべき注目のライト文芸新作5選

シニア同士のシェアハウスは波瀾万丈?

『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回はU-NEXTの新レーベル「千夜文庫」の創刊タイトルから復刊された名作ラノベSFまで、5タイトルをセレクト。

白川紺子『雪華邸美術館の魔女』(千夜文庫)

 U-NEXTが新たに立ち上げたライト文芸レーベル「千夜文庫」の創刊ラインナップの一冊。

 ときは昭和30年。東京の養育院で暮らす16歳の小百合は、ある日突然孤児から令嬢になった。小百合は元華族の雪宮家の生まれだが、赤子の頃に攫われて行方不明になっていたのだという。両親も祖父母もすでに亡くなり、唯一残る身内は生き別れの双子の姉・撫子だけ。小百合は御殿場の屋敷で撫子と共に暮らし始めるが、彼女は病弱なうえに感情を表に出さず、小百合に会ってもあたたかい言葉をかけることはなかった。

 いつも飢えていた毎日から、衣食住すべてが上質なものに取り囲まれた暮らしへ。激変した環境に戸惑いを隠せない小百合は、息苦しい屋敷から抜け出して、同じ敷地に建てられた雪華邸美術館に足を踏み入れる。そこは代々の雪宮家当主たちが集めた美術品を展示する私設博物館で、いわくつきの収蔵品も収められているのであった……。

 瀟洒な雪華邸をはじめ、作中には戦後の上流階級の暮らしが丁寧に描き込まれており、細やかなディテールに乙女心をくすぐられる。また一見ツンとしながら、実は愛情深い撫子はチャーミングなキャラクターで、二人が少しずつ距離を縮めていく様に心が温かくなった。戦後の上流階級×アンティークミステリー×双子姉妹の絆という要素が重なり合い、気品漂うクラシカルなテイストを堪能できる魅惑的な一冊だ。

白洲梓『魔法使いのお留守番 シロガネ編』(集英社オレンジ文庫)

 希代の天才魔法使い・シロガネは不老不死の力を手に入れたといわれ、彼が暮らす終島をめがけて人々が訪れるが、上陸に成功したものは一人もいない。やがてシロガネは長い旅に出かけ、留守を預かった竜のクロと青銅人形のアオは、終島を守りながら主人の帰りを待ち続けているのだった。

 人気シリーズの第三弾は、シロガネにフォーカスした過去編。魔法がおぞましい仕組みの上で成り立っているという真実を知ったシロガネは、犠牲となった大切な友人・マホロを救うために、世界から魔法を消し去る方法を探し続けていた。シロガネは原始の魔法を記した「緑玉碑文」の写本を求めて、西の魔法使い・ミロクとその弟子アンナに近づくが……。

 新刊は5つの短編で構成され、シロガネに加えて若き日のアンナもキーパーソンとして活躍する。かつて魔法で人を傷つけてトラウマを負ったアンナは、大きな力を秘めながらも自らの素質を生かしきれていない。シロガネとの出会いをきっかけにみせるアンナの目覚ましい成長や、シロガネとの微妙な距離感など、二人の関係には見どころがいっぱいだ。また青銅人形のアオの過去が明らかになる「製造番号八十九」はとびきり切なく、ロボットと感情というテーマや主従関係のロマンスなど、好きな要素が詰まった作品として忘れがたい。シロガネがどのようにして魔法というシステムを破壊するのか、今後の展開も見守りたいシリーズである。

うえお久光『紫色のクオリア』(電撃文庫)

 2009年に刊行され、名作ラノベSFとして絶賛を受けた伝説的な作品の『紫色のクオリア』。そんな『紫色のクオリア』が「芳林堂書店と、10冊」企画にて書籍版として復刊され、大きな話題を呼んでいる。

 ボーイッシュな少女ガクこと波濤学には、毬井ゆかりという友人がいる。ゆかりは紫色の瞳をした美少女で、自分以外の人間がすべてロボットに見えているという。周囲とトラブルを起こさないよう隠しつつ、浮世離れした不思議ちゃんとしてゆかりは皆から愛でられている。唯一ゆかりを目の敵にしているのが、かつての友人の天条七美だ。ある日、ガクは事件に巻き込まれ、ゆかりの恐ろしい才能を知ることになる――。

 量子力学と哲学とライトノベルが融合したストーリーは壮大かつ刺激的で、そこにガール・ミーツ・ガール要素が加わり、唯一無二の世界が生み出されている。三作構成の本編のうち、日常系学園小説として始まった物語が猟奇殺人事件として急展開する「毬井についてのエトセトラ」にも驚かされるが、ゆかりの死を回避するためにガクが平行世界とやり取りしながら戦うループSF小説「1/1,000,000,000のキス」のヘビーさとスケール感は圧倒的だ。今回の復刊の注目は50ページ以上の書き下ろしの短編小説で、特装版には天条七美視点の「七美は箱のなか」がつく。かつてゆかりに「修理」された七美の心情に迫る物語としてこちらも必見だ。

宮田珠己『そして少女は加速する』(幻冬舎)

 15年来の箱根駅伝ファンで、お正月期間はテレビにかじりついて大学生たちを応援している。自分がこれまで触れてきた陸上競技が長距離だったため、コンマ数秒が勝敗を決めるシビアかつ刹那な短距離競技の世界はなんとも新鮮だった。

 物語は高幡高校陸上部所属の女子生徒にスポットライトを当てる群像劇として展開する。中学時代がピークで成績が伸び悩む部長の咲、チームのエースだがメンタルが弱めのイブリン、部員は短髪強制という古い体質に反発して髪を伸ばすあかね、高校入学と同時に陸上競技を始めてリレーメンバーに選ばれた春香、金銭的なハンデを抱えた中で成績を伸ばそうともがく百々羽……。

 個性豊かな生徒の中でも、とりわけ鮮烈な印象を残したのがあかねである。一年生ながら部則に抗い、自分の頭で考えてストイックに練習に打ち込む姿は孤高のヒーローのようで凛々しく格好よい。少女たちの葛藤もリアルで、ライバルへの嫉妬や進路をめぐる悩み、思うように成績が出ない苦しさ、それでも捨てられない陸上競技への熱い想いが胸に迫った。さまざまな思いが交錯する中で、ときにはぶつかり合いながらも高幡高校陸上部はインターハイ出場を目指して奮闘する。個人競技である短距離走だけでなく、チーム競技のリレーの魅力まであますところなく描いた、骨太の青春スポーツ小説である。

御木本あかり『終活シェアハウス』(小学館文庫)

 NHKにて10月からドラマ放送が始まる注目作。大学生の翔太は、高級住宅地のマンションの最上階で同居する68歳の女性四人組の雑用係という、ちょっと風変わりなアルバイトをしている。マンションの所有者で資産家の歌子は、料理の腕一つで息子を育て上げたシングルマザー。教師一筋で生きてきた厚子は独身を貫き、現在は第二の人生を模索中。身勝手な医者の妻として苦労した瑞恵は離婚し、新しい出会いを求めている。そして最近シェアハウスに加わった恒子は、軽度の認知障害がある。翔太はパワフルな歌子たちに振り回されぎみだが、おいしいごはんに胃袋を掴まれ、今日も呼び出しに応じるのだった。

 小学生時代からの六十年越しの友人四人が、年を重ねてそれぞれ独り身になり、シェアハウスで同居する。同世代ならではの気安さと、ゆとりのある暮らしぶりはなんとも羨ましいが、共同生活はいつでも平和とは限らない。男性との関係をめぐってぎくしゃくすることもあれば、終の棲家を失いそうになったりと、物語は思いのほか波乱万丈だ。大きな危機を迎えた場面では力をあわせ、共に困難を乗り越えようと一団となる姿は痛快だ。いくつになっても人生に貪欲な歌子たちの姿を通じて、読者も自然と活力をもらえるだろう。

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