高瀬隼子の新刊『め生える』書評家・渡辺祐真イベントレポ 「はげてしまうこと」をテーマにした理由とは?
書評家・渡辺祐真氏が、下北沢の本屋B&Bで作家や編集者のゲストと対談するトークイベント「本の扉をあけて」。その4回目のゲストとして、新刊『め生える』(U- NEXT)を刊行した作家・高瀬隼子氏が登場した。同作では人々の髪の毛が根こそぎ抜け落ちる感染症が流行する世界が描かれている。なぜそうした「はげてしまうこと」をテーマに執筆したのだろう。その創作秘話と作品考察を中心にお二人が語り合ったイベントをレポート。(※本屋B&Bサイトよりアーカイブ動画を販売中/2024年4月19日まで)(篠原諄也)
重版出来! 話題の『め生える』(U- NEXT)のあらすじなどは下記をチェック!
ずっと気になっていた、はげという存在
渡辺:今日は高瀬さんの新刊『め生える』刊行記念ということで、いろいろお話を伺っていきます。まだ読んでいない方もいると思うので、核心に触れない程度に内容をご紹介します。ある日、急に人々の髪の毛が抜けてしまう、つまりはげてしまう奇病が地球上で流行します。みんながどんどんはげてしまって、それが当たり前の世界になるんです。そこで人々はどのように生きていくのかが、本作の主題になっていますね。
これまでの高瀬さんの作品は、非現実的な要素の少ない、リアリズム的な作風が多かったと思います。今回はSFともちょっと違うんですけど、そういう非現実な要素を取り入れていて、新しい試みだと思いました。
高瀬:確かに今までは現代日本が舞台で、主人公や登場人物は実際にいそうな人たちを描くことが多かったです。今回の『め生える』では、大人がはげるという世界を描いているのは……なんでこうなったんでしょうね(笑)。映像配信サイトのU-NEXTから刊行されたんですが、私はご依頼をいただくまで本の出版をしていることを知らなかったんです。そこで書き下ろしで中編を書くとなって、文芸誌からのご依頼とは違う感じがいいのかな、よしはげだと。
渡辺:だいぶジャンプがありますね(笑)。
高瀬:じっくり考えてというよりは、パッと出てきて書きました。
渡辺:以前からはげについて書きたいと思っていたとか、何かきっかけはあったのでしょうか。
高瀬:はげのことはずっと気になっていたんです。というより、人の見た目に関する悪口についてですね。自分も大学生の時までは、友達との飲み会の席などで、人の見た目を揶揄することを言ってしまっていたと自覚していて、後悔と反省がありました。それは本当に良くなかったと思います。
社会人になってからの自分の感覚としては、会社などでは人の見た目に対する悪口はいけないという意識が浸透していて。でも、はげに関してだけはみんなが笑っている印象があったんです。会社の人たちや家族のあいだでも、テレビのなかでも笑われている。それを聞いた時に「なんでだろう」とちょっと止まっちゃうんですよね。その意識がずっとあって、書きたいなと思っていました。
渡辺:小説の刊行は1月でしたが、その前月のお笑い賞レース番組「M-1グランプリ」では、敗者復活から勝ち上がってきたコンビ・シシガシラがはげネタを披露していました。その中でも「他の悪口はダメになっているのにはげはいいの?」ということを話していますね。
高瀬:そうですね。まさに『め生える』だと思いました。
渡辺:最近はルッキズムという表現もあるように、見た目に関するストレートな悪口は忌避されています。高瀬さんの中では、はげをメインテーマにしつつ、ルッキズムの問題も考えていたのでしょうか。また、それはスクールカーストとも絡んでいます。つまり、見た目によって友達同士に上下関係のようなものができたりする。そうしたことも想定されていましたか。
高瀬:書いている時は、正直考えられてはいなかったです。他の作品もそうなんですけど、書いている途中や後でやっと「私は多分こういうことが書きたいんだ」とわかってくるんです。でもやっぱり今、振り返ってみると、友達との友情を描く上でルッキズムのことが頭によぎっていたように思います。作中で真智加という女の子が出てきますが、彼女にはテラという女友達がいます。その二人は同級生で友達なんだけど、少し上下関係があるんですよね。支配する・される、加害・被害というほどではなく、内面においてのなんとなくの上下がある。自分の学生時代を思っても、上下がなくていいはずの友達関係でも「でもあの子すごくかわいいから自分より上」といった意識を一方的に抱いていたことがありました。
渡辺:そういうことはありますよね。
高瀬:めっちゃかわいいから許しちゃうみたいな。でも彼女の側からすると、かわいいからと勝手になんでも優遇されているのも、嫌だったかもしれない。だから今となっては反省もありますね。