【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー
「このミス」大賞作家・新川帆立の新作は“恋と魔法の学園ファンタジー”? 注目のライト文芸新刊

『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は大人気「はめふら」シリーズ最新刊から「このミス」大賞受賞作家が手掛ける恋と魔法の学園ファンタジーなど、5タイトルをセレクト。
山口悟『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった… 15』(一迅社文庫アイリス)
『はめふら』の愛称で親しまれ、テレビアニメやコミカライズでも大人気のシリーズの最新刊。
ソルシエ王国に暮らす公爵令嬢カタリナは、ある日突然前世の記憶を取り戻す。ここは乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の世界で、本来女子高生であったはずの自分は、ゲーム内の悪役令嬢・カタリナに転生していたのだった。前世でプレイしたゲームの記憶をもとに、カタリナは自らの身に待ち受ける破滅フラグを回避するため奮闘を続けるが、彼女の取る行動は想像の斜め上をいくものばかり。かつてはわがまま放題だった令嬢は野性味あふれる人たらしに変貌し、婚約者の第三王子ジオルドや彼の弟で第四王子のアラン、義理の弟のキース、そしてゲームのヒロイン・マリアらの心まで掴んでいくのであった。
最新刊は魔法省で働くカタリナが関わる、「闇の魔法」にまつわる事件を中心に展開する。カタリナはリュシーという五百年の眠りから目覚めた使い魔に身体を乗っ取られるが、いつものお人好しぶりを発揮し、リュシーと彼女の主人の身に起きた悲劇の真相を解き明かそうとするのだった。新キャラが関わる闇の魔法の事件に加え、リュシーに身体を乗っ取られたカタリナが起こす騒動も15巻の見どころの一つ。ジオルドの嫉妬など、レギュラーキャラたちのカタリナをめぐるわちゃわちゃとしたやり取りにニヤニヤとさせられる。不穏なラストも印象的で、次巻への期待が高まった。
水品知弦『明けの空のカフカ』(電撃の新文芸)
子どもの頃にふれたジュール・ヴェルヌの『海底二万里』やスタジオジブリの『天空の城ラピュタ』などが大好きで、冒険というモチーフに憧れ続けている。とりわけ心を惹かれるのは、飛行機や飛行船などが登場する、空を舞台にした冒険譚。そんな私にとって、少女が飛行機に乗って未知の世界に飛び出す『明けの空のカフカ』は手に取らずにはいられない一冊だった。
12歳の少女カフカは、空に浮かぶ浮遊洞窟内で暮らす唯一の子どもである。周囲は老人ばかりで同年代の友だちもおらず、うす暗い洞窟の中しか知らないカフカは、外の世界に憧れていた。だが老人たちは、カフカが外に出るのを許さない。ある日、地上から密かに訪れた犬の獣人・ハヤテと出会ったカフカは、50年前に人間と獣人の間で戦争が起きて人間が空に逃れたことや、亡き祖父が有名な冒険者だったことを知らされる。好奇心が抑えられなくなったカフカは、祖父が残した飛行機に乗り込み、老人たちの静止を振りきって飛び出すのであった――。
家出をして初めて外に出た少女の目線を通じて語られる世界は、どこまでもみずみずしくて美しい。とりわけカフカが眺める空の描写は絶品で、少女の高揚感が読者にも心地よく伝わった。ヒト類と獣類の対立が根強く残る中で、カフカの明るいキャラクターは周囲を笑顔にさせていく。カフカの冒険と成長は、子ども目線でも大人目線からでも楽しめる。幅広い世代に読んでほしい一冊だ。
丸井とまと『インスタントな恋だった』(主婦と生活社)
中高生読者の心に刺さるストーリーと、青色を基調とした透明感あふれるリリカルなカバー。ブルーライト文芸という言葉とともに勢いを増しつつあるジャンルに主婦と生活社が参入し、「セツナイ青」シリーズを新創刊した。第1作品として刊行されたのが、IMP.の佐藤新と渡邉美穂のW主演で映画化された『青春ゲシュタルト崩壊』著者の新作、『インスタントな恋だった』である。
「#インスタント恋愛」とは、一万円で恋の疑似体験をさせてくれるサービス。ひとりが寂しいときや、彼氏が必要なときなど、さまざまな少女が申し込み“手軽な恋愛ごっこ”のサービスを享受する。一体なぜ少女たちはインスタント恋愛に申し込み、好きでもない人とデートをしようとするのか。物語は5人の女子高校生が抱える事情やそれぞれの恋模様、そしてサービスを提供する白斗の姿を連作短編形式で綴る。男性が苦手だという葵や、元彼に仕返しをしたい伊予莉など、バラエティに富んだ恋愛模様を楽しめるのが本作の大きな魅力だ。少女たちは白斗を通じて自らの恋に向き合い、悩みを解決して前に進もうとする。10代の心に寄り添う等身大の悩みと希望に満ちたラストが心を打つ、切なくも愛おしい連作集だ。
沖田円『黄昏時の魔女』(実業之日本社)
この世界には、魔女や魔法使いと呼ばれる者たちがいる。人間とは違う時の流れの中で生きる魔女たちは、あらゆる奇跡を起こす力を持つが、とても希少な存在ゆえに多くの人は出会うことなく一生を終えていく。
少女のままの姿で時を止めた魔女の紅は、生きる意味を知るために世界中を旅していた。物語は紅を軸に、彼女が出会う人々との束の間の交流を連作短編形式で描く。紅と出会った人々は彼女に助けを求めるが、紅は魔法の見返りとして普通の人にはとても支払えないような大金を要求するのだった。貧しい母子家庭や、長年連れ添った夫を亡くした女性、家族との関係に耐えきれなくなって二人で家出をした女子高校生、大好きな祖父を亡くしそうな小学生……。紅と出会った人間が抱える切ない思いや、一見冷たくみえる紅の姿から浮かび上がるのは、限られた時間をどのように生きればよいのかという真摯かつ切実な問いである。人生はままならない事も少なくないが、それでも自分が納得いくように精一杯生きたい。そんな勇気をもらえる、温かなヒューマンドラマである。
本作は『雲雀坂の魔法使い』と世界観を共有し、作中には雲雀坂魔法店や魔女・翠などが登場する。この本をきっかけに、ぜひ他の魔女たちの物語も手に取ってほしい。
新川帆立『魔法律学校の麗人執事1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー』(幻冬社)
『元彼の遺言状』で鮮烈なデビューを果たし、『女の国会』で山本周五郎賞を受賞した新川帆立。これまでは現代日本が舞台の作品を手掛けたてきた新川だが、新作は恋と魔法が飛び交う学園ファンタジー。心ときめく華やかな乙女要素の中に、新川らしい法律や社会派な視点を取り込んだ、極上のエンタメ小説である。
修道院で暮らす野々宮椿はスポーツテストと全国模試の両方で一位の座に輝き、日本で一番優秀な十五歳に選ばれた女の子。クリスマスの日に好きな男の子に振られた椿の前に、日本一の魔法律一家・条ヶ崎の当主が突如現れた。彼は椿の才能を見込み、息子で魔法の天才・条ヶ崎マリスの執事にスカウトする。経営難の修道院を救うために椿はその申し出を受け入れるが、執事となるからには男のふりをしてマリスと一緒に暮らさなければいけないという。マリスにも明かせない秘密を抱えた椿は、男装をして魔法律学校の男子寮での生活をスタートさせるが……。
傲慢かつ不遜な態度で椿に辛くあたる主人のマリスを筆頭に、五摂家と呼ばれる魔法律の名家の御曹司集団や、ド庶民かつ魔法力ゼロの椿を見下す美少女など、椿を取り巻くキャラクターは華やかかつ個性的だ。キャラクター小説の魅力に加えて、女性をエンパワーする要素や、男性の生きづらにも向けられる目線、そして新川らしいミステリ要素と、ポップなパッケージの中に盛り込まれた骨太な物語に心を揺さぶられる。



























